東北大学の研究グループは,鉄(Fe)とセレン(Se)からなる原子層超薄膜において高温超伝導を発現・制御することに成功した(ニュースリリース)。
高温超伝導についてはその発現温度だけではなく,高集積化の実現も実用化に向けた重要な課題になっている。これらの問題を解決するためには,高いTc(物質が超伝導になる温度)を持つ材料の開発と,その超伝導体を薄膜化および微細化する技術の確立が不可欠となる。
研究では,鉄系超伝導体と呼ばれる鉄(Fe)とセレン(Se)からなる物質(FeSe)に着目した。バルクのFeSeは8 K(-265°C)で超伝導となることが知られていたが,“高温超伝導”と呼ぶにはまだまだ温度は低い。しかし,それを非常に薄い原子レベルの薄膜にするとTcが高くなる可能性が報告されており,その実験の検証と,さらにその超伝導転移温度の制御方法の確立が急務とされていた。
研究グループは,分子線エピタキシー法という,原子を1個ずつ積み上げて非常に薄い原子層薄膜を作成する技術を用いて,厚さを1層(原子3個分の厚さ)から20層(60個分)まで原子レベルで制御したFeSeの高品質薄膜を作成した。
この原子層超薄膜に対して,角度分解光電子分光法という方法を用いてその電子状態を精密に測定した結果,1層のFeSeにおいて,超伝導の証拠となる超伝導ギャップが開いていることを突き止めた。また,超伝導ギャップの温度依存性からTcが60K付近にあり,バルクFeSeの8Kを遙かに超えて非常に高いことを観測した。
さらに,2層以上の多層膜では,作成後そのままの状態では超伝導が起きないものの,薄膜表面にカリウムを吸着させて電子量を調節することで,50K付近の高温超伝導を発現させることにも成功した。また,原子層膜の枚数とTcに強い関係があることも見出した。
このように,1〜数原子層のFeSe原子層超薄膜において高温超伝導を発現させ,それを制御することに成功した。バルク結晶を1〜数原子層まで薄くすることで,その超伝導転移温度を1桁近く上昇させたことは,今後の基礎および応用研究に非常に大きなインパクトを与えるもの。
今回達成したTc= 50-60 Kは,銅酸化物高温超伝導体(最高Tc〜 135 K)には及ばないものの,フラーレン(C60)超伝導体(Tc〜 33 K)や2ホウ化マグネシウム(MgB2,Tc〜 39K)を遙かに超えて,液体窒素温度77Kに接近している。
今後,原子層数,電子ドーピング量,薄膜成長基板を調整・制御することで,さらにTcを上昇させ,液体窒素温度を越えるTcを達成しようという研究が急速に進むと考えられる。また一方で,現時点で達成したTc〜 50-60 Kにおいても,液体ヘリウムを必要としない気体ヘリウム循環型の冷却装置で超伝導を実現できることから,その基礎および応用研究の幅が大きく広がるものと期待されるとしている。
超薄膜で高温超伝導の発現に成功したことは,原子レベルで構成される究極の超伝導ナノデバイスの実現に大きく道を拓くもの。開発した原子層高温超伝導体は,原子レベルの厚さのため,非常にわずかな電子量の調節で常伝導と超伝導状態を切り替えることができると考えられる。
研究グループは,原子層薄膜超伝導体をデバイスに組み込み,電場で電子量の注入を制御して超伝導と常伝導状態を瞬時に切り替える高機能超伝導ナノデバイスへの応用も期待されるとしている。
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