京都大学の研究グループは,水中に生息する藻類が持つ効率的な光合成に必須な二酸化炭素濃縮システムを明らかにした(ニュースリリース)。
光合成で生育する植物にとって必要なCO2を効率よく細胞内に取り込むことは,その生存に必須となる。陸上植物は,空気中のCO2を光合成の行なわれる葉緑体まで拡散によって得ている。一方,水中ではCO2の拡散速度は大気中の10,000分の1であることが知られており,水中に生息する藻類は陸上植物型のCO2輸送システムでは十分に光合成が行なえない。また,水中ではCO2は水と反応して重炭酸イオン(HCO3–)の形で多く存在することが知られている。
CO2とは異なり,電荷を帯びた重炭酸イオンは細胞や葉緑体を覆う生体膜を通過することができない。そのため水中ではCO2を細胞内に十分に取り込むことが難しく,光合成に不利なCO2欠乏環境にさらされる。このような環境においても光合成を維持し生存するために,藻類は細胞膜と葉緑体包膜という二つの障壁を乗り越えて積極的に重炭酸イオンを取り込み,細胞内に濃縮することで光合成を行なうと考えられている。
藻類がこのようなCO2濃縮系(重炭酸イオン輸送系)を持つという性質は1980年に発見されたが,その輸送を担っている分子の詳細は長らく不明であり,藻類の光合成の仕組みを解明するうえで非常に重要な問題として残されていた。
研究グループは,淡水中や土壌に生息するミドリムシの一種である単細胞緑藻クラミドモナスをモデル生物として選び,細胞膜と葉緑体包膜に局在する重炭酸イオン輸送体の同定を試みた。その結果,細胞膜にはタンパク質HLA3が,葉緑体包膜にはLCIAタンパク質が局在し,互いに協調して重炭酸イオンを輸送することを明らかにした。これら2つの輸送体の重要性は,遺伝子破壊株と同時過剰発現株を作出して証明する事ができた。
これまで海水に生息する珪藻において,細胞膜に局在する重炭酸イオン輸送体が明らかになっているが,今回の研究で,淡水に生息する藻類が共通して持つ,葉緑体包膜と細胞膜の2段階からなる重炭酸イオン輸送経路を初めて解明した。
地球の大気に存在する酸素は,光合成により水が分解されて生じたが,逆にCO2は光合成によって固定され続けてきた。光合成によって長い年月蓄えられてきた化石燃料を燃やすことで,大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は400 ppmに増加し,現在の地球環境は温暖化・食糧不足・エネルギー枯渇などの様々な問題を抱えている。
これに対して,藻類が持つ遺伝子を利用・改変し,光合成の能力を極限まで高めたスーパー植物を創出することで,これらの問題を解決しようとする試みが世界的な競争のなかで進められている。研究グループは今回の研究で明らかになった藻類の重炭酸イオン輸送体をイネやコムギなどの主要作物に導入することでCO2の吸収量と生産量を高め,上記の問題のブレイクスルーにつながることが期待されるとしている。
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