東京大学と東京理科大学を中心とする研究グループは,体内に侵入した病原体を免疫細胞に提示する分子である主要組織適合性抗原(MHC)分子が,病原体由来のタンパク質断片(抗原ペプチド)とどのように結合し,免疫応答を活性化しているかを,SPring-8のBL40XUビームラインで1分子内部動態測定をすることにより,世界で初めて実験的に明らかにした(ニュースリリース)。
自己免疫を起こしやすい抗原ペプチドは,ゆるくMHC分子と結合することが以前より知られていた。しかし,このゆるい結合が免疫応答の分子認識機構にどう関わっているか実験的にはわからなかった。今回の研究成果により,抗原ペプチドの分子軸に対して回転方向の動きが特に活発化し,抗原ペプチドとMHCの複合体が新たな構造をとり,潜在的自己反応性のT細胞と反応することが分かった。
研究グループは,マウスのMHC分子に14個のアミノ酸からなる「長い抗原ペプチド」と10個のアミノ酸からなる「短い抗原ペプチド」が結合している場合のそれぞれの分子内部動態を,高精度と高速性を持ち合わせる唯一の1分子計測法であるX線1分子追跡法(DXT),抗原ペプチド1分子動態の計算,多分子からの蛍光偏光解消法を用いて調べた。
DXTは,数十nmの超微小金ナノ結晶を観察タンパク質分子に化学的に標識し,分子内部運動に連動した標識(ナノ結晶)の動きをX線回折斑点の動きとして高速時分割追跡する1分子動画計測手法。この1分子計測手法は,現在,世界最高精度で最高速度を誇る1分子動画計測手法。
蛍光偏光解消法は,偏光励起光を蛍光物質に照射することにより,蛍光物質から発せられる蛍光が分子の回転する速度に応じて異なった偏光度を示すという測定方法。蛍光分子により標識された分子の回転速度が速いと偏光が解消され,偏光度は小さい値を示す。反対に分子の回転速度が遅いと蛍光の偏光は解消せず偏光度は大きな値を示す。
この結果,MHC分子とゆるく結合する「短い抗原ペプチド」は「長い抗原ペプチド」よりMHC分子内でよく動き,新たな構造をとっていることが明らかになった。この成果は,研究グループが考案実証した量子ビームを用いた1分子計測手法と計算科学の手法を融合することによって得られたものであり,このような手法は免疫学の分野において有効であり,非常に重要な結果を導けることを示したものだという。
関連記事「東大ら,タンパク質修復に新たな分子内運動を世界で初めて発見」「埼玉大ら,蛍光スペクトルを利用しマイクロ流路中の化学反応のリアルタイム評価に成功」「慶大と理研,SACLAのコヒーレントX線回折イメージングデータを高速処理するソフトを開発」