日本電信電話(NTT)は,シリコントランジスタ中に存在する電荷の閉じ込め状態であるトラップ準位を介した単電子転送の高速化に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
単電子デバイスはその省エネルギー性と高い電荷感度のため超低消費電力情報処理回路や超高感度センサなど極限エレクトロニクスの実現が可能として注目されており,NTTでは,これまでに安定性と再現性に優れたシリコンを用いた単電子転送素子や単電子検出素子の動作を実現してきた。
一方,国際単位系(SI)での電流の基本単位であるアンペアは,質量の基本単位を定めているキログラム原器の廃止とともに再定義されることが2011年に提案され,高い注目を集めている。新しいSI単位系では,これまで測定値であった電気素量eを固定値とし,その値から電流標準によってアンペアが設定されるが,電子を一つずつ正確に運ぶことのできる素子である単電子転送素子はeとアンペアを直接的に結びつけるため,究極的な電流標準として利用できると期待されている。
単電子転送素子の多くは人工的に作られた微細な領域(単電子島)に電子を捕えることで,転送を制御しているが,転送精度向上には単電子島を微細化し電子を捕えるためのエネルギー(電子付加エネルギー)を大きくする必要がある。しかし,半導体素子の微細化技術には限界があり,精度向上の壁となっていた。
今回,NTTは,シリコントランジスタ中に存在する極めて微細な閉じ込め領域を持つトラップ準位を利用した,最高動作周波数3.5ギガヘルツの高速単電子転送(測定温度17ケルビン)に世界で初めて成功した。トラップ準位を用いると,人工的には作成困難な10nm以下のサイズでの閉じ込めによる電子付加エネルギーを利用することができる。
この単電子転送のエラー率は電流計で計測可能な最小レベル(~10-3)以下だった。この高速でのエラー率は,現在研究が進められている単電子転送素子の中でも極めて低い値。さらに,理論的予測では絶対温度10~20ケルビン,周波数1ギガヘルツでエラー率が10-8以下(電流標準としての目標値)になることが見込まれ,高い転送精度を持っている可能性も示された。
NTTでは今後,標準化可能なレベルの高精度単電子転送の実証実験を行ない,電流標準の実現を目指す。また,従来の精度を凌駕する高精度化を図ることにより,新しいSI単位系での電流の高精度化を実現し,電気標準分野・計測産業分野への貢献を目指す。
また,今回の技術はトラップ準位に限らず他の局在準位を介した転送にも適用できるので,意図的に導入した不純物原子の準位を利用することにより,素子歩留りの向上が期待できる。同社では,そのような技術による歩留りの高い電流標準の実現のみならず,さらに長期的には,素子の集積化により電子1個の操作に基づく超低消費電力情報処理へと応用し,低エネルギー社会への貢献も目指すとしている。
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