山口大,ラインセンサを応用した独居者見守りシステムを提案

超高齢化社会を迎えつつある日本では独居老人が増加しており,体調を崩しても誰にも気づかれずにそのまま死亡してしまう「孤独死」が新たな社会問題となっている。また,同居家族がいても,トイレや風呂場といった個室で倒れた場合,発見が遅れるケースも少なくない。

試作したデモ機

こうした事故を未然に防ごうとセンサによる見守りが提案されているが,例えば監視カメラを設置することはプライバシーの観点から難しい。画像を取得しない焦電型赤外線センサや超音波センサを使う方法もあるが,これらは人の存在は確認できても,立っている/倒れている,といった人の状態や動作までは検出できない。

これに対し山口大学大学院理工学研究科助教の中島翔太氏らの研究グループは,ラインセンサを応用した1次元輝度分布センサによる,独居者の見守りシステムを開発している。このセンサは映像ではなく輝度の分布を取得するので,プライバシーを十分に守りながら人の動きや状態を検出することができる。

開発した1次元輝度分布センサは,ラインセンサとロッドレンズを組み合わせた構成で,2次元画像の水平および垂直方向の積分値を,1次元の輝度分布情報として取り込む。つまりラインセンサが水平方向になるようにセンサを設置すると,垂直方向の情報も併せ持つ水平方向の1次元情報が得られる。

1次元輝度分布センサの構成    垂直方向の情報を併せ持った水平方向の1次元情報が得られる

この情報は積分値なので2次元情報の多くを失っており,ここから人物像を再現することは不可能だ。しかし研究グループは,人が直立しているか転倒しているかの状態を判断するには十分な情報量が含まれていると考え,判定基準となる輝度分布情報と,新たに取得した輝度分布情報とを比較する方法を考案した。

具体的には,まず対象物のいない状態(背景)の輝度分布を取得し,その後に取得した輝度分布との差分の絶対値を作成する。そこから得た輝度分布のピーク位置・重心位置から,そこにいる人の位置や動きを知ることができる(背景差分法)。この方法では,例え人が壁と同じ色の服を着ていても,目視で分かる程度の違いがあれば十分に検出が可能だという。

背景差分法による人物検出

このセンサを垂直・水平方向に2つ使用すれば,人の大まかな位置や姿勢,動きなどを2次元的に知ることができる。研究グループは実際にトイレ内での人の位置と状態を検知する実験を行ない,トイレの有人/無人,便器の使用,転倒の検出に成功している。

トイレ使用状態の検出    トイレ転倒状態の検出

さらに研究グループは,この2つの輝度分布情報から2次元画像を推定し,映像として再構成する「積型画像再構成手法」も考案した。これは人物の大まかな位置や動きを画像として再現するもので,直感的に人の状態を把握することができる。もちろん,人物の特定ができるような鮮明な画像にはならないので,プライバシーは保たれる。

積型画像再構成手法による人物画像

1次元輝度分布センサの検出範囲は,ロッドレンズの焦点距離と撮像素子の幅を結んだ三角形の相似形となる。よって奥行きに制限がなければ検出範囲の幅も広がるが,撮像素子の感度が限度となる。なお,実験では照度620 lxにおいて5mの距離の検出を行なっている。

センサの検出範囲

試作したセンサは,ラインセンサの代わりに一般的なエリアセンサをマスキングしてラインセンサとした。実際に製品化するにはラインセンサの方が小型化にも有利だが,高価という欠点がある。「実用に足る解像度は100画素もいらない」(中島氏)ことから,Webカメラのような低解像度で安価なエリアセンサを流用するのが,実用化に適した方法かもしれない。

研究グループでは今後,人物の大きさや奥行きの測定,転倒や直立に関するしきい値の自動設定,通報システムの整備,福祉施設・医療機関でのフィールド試験などを通じて検出の精度を上げ,このセンサを実用化したいとしている。既存のデバイスを組み合わせるこの方法ならば,安価に十分な量のセンサを供給することが可能だろう。来るべき時代に求められる技術となるか,注目される。