東京大学と京都大学らの研究グループは,独Leibniz Institute for SolidState and Materials Research Dresden と Helmholtz-Zentrum Berlin の研究グループと共同で,巨大磁気抵抗を示すコバルト酸化物に対し,ドイツの放射光施設 BESSY II において共鳴軟X線回折実験を行ない,スピン配列の周期として理論的に考え得る全ての状態が存在し,それらが磁場をかけることにより変化する様子を明らかにした(ニュースリリース)。
物質科学においては,電子のスピンの自由度を活かしたスピントロニクスが注目を集めており,中でも磁場により電気抵抗を制御できる巨大磁気抵抗を示す物質はデバイス応用に適しており盛んに研究されている。
この研究ではそのうちコバルト酸化物SrCo6O11に注目した。この物質では,磁場をかけたときに,同じ方向と逆方向に揃ったスピンの比率が2対1になる状態が安定になることが,磁化の測定などから予測されていた。
磁気構造を決める有用な手段としては,中性子による回折測定があるが,これらの面白い性質を生み出す物質では,中性子回折測定に必要な大きさの結晶が得られず,その磁気構造は全く明らかになっていなかった。
研究では,このような微小な結晶でも測定が可能であり,最近の実験技術の進歩により可能となった共鳴軟X線回折実験により,磁気構造の完全な決定を目指した。
共鳴軟X線回折実験はドイツの放射光施設BESSY IIで行なった。測定に用いたコバルト酸化物は,0.20×0.20×0.05 mm3程度の非常に小さな正六角形の薄片単結晶試料で,X線の反射回折パターンを測定した。
その結果,ほとんど全てのスピン配列の周期性に対応する分数値の回折ピークが観測され,各々の温度で様々な周期の磁気秩序が共存している様子が見られた。これは,磁気的な相互作用の正負が距離によって変化するモデルを理論的に解くことで得られる「悪魔の階段」の状態が,実際の物質で実現している事を示している。
「悪魔の階段」では様々な周期の磁気構造が非常に近いエネルギーを持つため,実際の物質ではこれらの磁気周期の構造の共存した状態となる。
研究グループは,さらに磁場をかけての共鳴軟X線回折測定によりこれらの分数のピークのふるまいを観測し,磁化の測定で見られたステップを生み出す磁気構造の様子を完全に解明した。
この研究により「悪魔の階段」を生み出す磁気構造の詳細が明らかになった。今後,このような「悪魔の階段」型の磁気構造をさらなる系統的な研究により他の物質にも見つけることが研究グループの目標の1つだとしている。
単純に磁場により電気抵抗を増減させるだけでなく,電気抵抗や磁化が階段状にとびとびの値をとることを活かした,新しいタイプのスピントロニクス材料の開発などにつなげたいという。
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