京大,iPS細胞による人工赤血球の実現につながるメカニズムの一端を解明

京都大学iPS細胞研究所は,赤血球中のタンパク質でありヘモグロビンを構成するグロビン鎖を,種類ごとに異なる蛍光で染色する手法を開発し,ヒト多能性幹細胞からの赤血球産生における,不完全なグロビンスイッチングの様子を明らかにした(ニュースリリース)。

医療において輸血は必要不可欠なことから,安定的な輸血用血液の供給は重要な課題になっている。そこで,iPS細胞を含む多能性幹細胞から赤血球を作製する研究が進められてきた。しかし,これまでヒト多能性幹細胞由来の赤血球では大部分が胎児型のγ-グロビン鎖を発現する一方で,目的の成人型β-グロビン鎖はほとんど発現されず,成人型へのスイッチングが不完全であることが分かっていた。しかし,そのメカニズムは分かっていなかった。

そこで,それぞれのグロビン鎖の発現を多重染色によってフローサイトメータを用いてモニターできる手法を開発し,赤血球への分化の過程における各種グロビン鎖の発現をリアルタイムで追跡する系を構築した。この手法により,コントロールとして調べたさい帯血造血幹細胞からの赤血球産生の過程でβ-グロビン鎖の発現が上昇するとほぼ同時に,γ-グロビン鎖の発現が抑制されることが確認された。

一方,ヒトES/iPS細胞由来の赤芽球では,調べたほとんどのES/iPS細胞ではこれまでの報告通りβ-グロビン鎖の発現は認められなかった。また,一部のβ-グロビン鎖を発現することが認められたES/iPS細胞でも,γ-グロビン鎖の発現が維持されてしまい,共発現状態のままであることが確認された。これは,成人型へのスイッチングが完全には行なわれていないことを示すもの。

そこで,なぜ成人型グロビンへのスイッチングが不完全であるかを調べるため,β-グロビンやγ-グロビンの発現に関係のあるタンパク質に着目した。そしてES/iPS細胞由来の赤芽球では,β-グロビンの発現を上昇させるKLF1の発現はさい帯血と差がなかったが,γ-グロビンの発現を抑制する働きがあるとされているBCL11A-LのmRNA発現レベルが低いことが分かった。

また,BCL11A-Lを過剰に発現させるとγ-グロビンのmRNA・タンパクレベルが低下することも確かめられた。つまり,ES/iPS細胞から分化した赤芽球では,理由は明らかではないがBCL11A-Lの発現が低く抑えられていることと,γ-グロビン発現が十分に抑制させずに成人型へのスイッチングが不完全となっていることが関連することが分かった。

多能性幹細胞由来の不死化赤芽球細胞は,赤血球を供給し続けることのできる可能性を持っている。今回の成果により,将来的には,多色染色を用いて成人型赤血球を産生する細胞株を選択することで,ドナーに依存しない赤血球輸血が可能になるかもしれないとしている。

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