レーザーによる鋼材の超平滑化加工技術を開発─積層造形品の仕上げに期待

金属材料を用いた切削加工品では,表面の粗さを整えるための仕上げ加工が必要となる。この仕上げプロセスには手研磨や機械研磨などが用いられるが,複雑な形状の処理には限界があるほか,長い加工時間や熟練したスキルを要するといった課題もある。

また,ものづくりの現場において普及が進んでいる3Dプリンターによる金属造形品に対しても同様で,積層後の表面仕上げのプロセスが必要となるが,積層造形品が複雑な形状なものほど,切削や研磨といった仕上げにかかる制約が大きくなるという問題がある。

現在,これをレーザーによって解決するという技術開発が進められているが,この3月には,鋼材表面の粗さがサブミクロンレベルで熱影響層の極めて少ない光沢面形成を実現したという研究成果が発表された。慶應義塾大学・理工学部機械工学科・教授の閻紀旺氏,矢崎総業・技術研究所,オプトクエストの共同研究グループによるものだ。

開発動機は,矢崎総業が手掛けている自動車用ワイヤーハーネスに関連する成形部品を生産するための金型製造への応用などで,共同研究は2年半前にスタートしたという。

研究は,オプトクエストが製品化したピコ秒パルスファイバーレーザーとCWレーザーの2種類のレーザーを用いた複合プロセスによる鋼材表面の平滑化の実現を目指すというもの。

表面仕上げ技術の一つとしては,ナノ秒以上のロングパルスレーザーやCWレーザーを用いたレーザー研磨が挙げられるが,レーザー照射前の表面粗さが大きいほど,高いフルエンスでの照射による深部までの溶融が必要となり,レーザー研磨後の断面では100μm程度の深い部分まで熱影響が残ってしまうため,凹凸の大きい箇所をサブミクロンレベルまで平滑化することは難しいとされていた。

研究グループが目指すのはサブミクロンレベルの平滑化だが,これを実現する手法は,まずピコ秒パルスファイバーレーザーによってアブレーション加工を行ない,加工影響範囲を制御することで選択的にミクロンレベル以上の凸部を除去する。このときのポイントは,光学系に焦点深度の浅い短焦点レンズを用いることで深さ方向における加工影響範囲の制御性を上げ,レーザー光のフルエンス,デフォーカス量,ガルバノミラー走査回数の調整によって除去量を制御することだという。加工は大気下で行なっていることから,短時間で安定した凸部の除去面を得ることができるとしている。

図1 2種類のレーザーを用いる表面平滑化プロセスの概念
図1 2種類のレーザーを用いる表面平滑化プロセスの概念

次の工程では,アブレーション加工後に発生した酸化層と沈着したデブリを選択的に除去するため,CWレーザーを用い,酸化物と母材のレーザー光吸収率の差を利用して母材加工しきい値以下の低エネルギーのレーザー照射を行なう。さらに,同一のレーザーを用いて照射強度を上げて走査することで極表層のみを溶融させ,表面張力を利用してサブミクロンレベル以下の平滑化を得る(図1)。

写真1 鋼材の表面粗さは0.08μmRaを達成。加工部の鏡面に近い表面性状が得られている。
写真1 鋼材の表面粗さは0.08μmRaを達成。加工部の鏡面に近い表面性状が得られている。

研究では,実際に60μmRz(12.6μmRa)の凹凸がある鋼材を用い,波長1030 nm,パルス幅65 ps,繰返し周波数100 kHzのピコ秒パルスレーザーで鋼材の表面にアブレーション加工を行なった。その結果,1μmRa程度まで粗さを低減した。さらに,波長1064 nmのCWレーザーによる溶融平滑化加工を行なったところ,表面粗さが0.08μmRaの極めて平滑な表面性状を得ることに成功した(写真1)。

平滑化を施した鋼材断面の解析結果によると,アブレーションによる熱影響の少ない加工と極表層のみの溶融加工により,熱影響層の深さが15μm程度と,従来のレーザー研磨に比べて約10分の1程度にまで低減することを可能にした。

今回の研究成果は,汎用金型の作製における表面平滑化の許容範囲に十分対応できるものとしている。また,このプロセスでは,微細形状や寸法保持の観点でもメリットがあると考えられているほか,使用するレーザーの種類として比較的に安価なピコ秒パルスレーザーやCWレーザーを用いることができる点が特長という。

写真2 レーザーによる鋼材の平滑化研究で用いられた実験機
写真2 レーザーによる鋼材の平滑化研究で用いられた実験機

今後は,パルス幅可変レーザー開発による同一レーザーでの複合プロセスを構築するとともに,金属積層造形品の表面粗さの低減化技術の確立を目指すとしている。最終目標としては,金属積層造形後,その場でレーザーによる平滑仕上げ処理を行なう生産システムの実用化を挙げている。

閻氏は今回の研究成果について,「従来の機械加工の短所をレーザーで補うことができれば,強力なツールとなる。この研究は,3Dプリンターが抱えている造形品の精度の問題を解決するもので,今後の3Dプリンティングの発展を後押しする技術になると考えている」とコメントしている。

現在,レーザーによる金属3Dプリンターが製品化され,同時に後処理工程を機械加工で行なうというシステムも実用化されているが,この後処理工程をレーザーで実現可能にすることは,アプリケーションという観点からもインパクトは大きい。その意味で,今回のレーザー表面処理プロセス技術の実用化に対する期待度は高い。今後の進展が注目される。◇

(月刊OPTRONICS 2018年6月号掲載)