内視鏡検査は大腸がんの早期発見とその治療に有効であることが分かっている。米国の研究では,大腸がんに病変する可能性のある大腸腺腫性ポリープを内視鏡的に摘除することで,大腸がんの罹患率を76%〜90%抑制し,死亡率を53%抑制したことが報告されている。
ところが2013年の日本人におけるがんの死亡数を部位別にみると,大腸がんは男性が3位,女性は1位,全体で2位と,かなり高い水準にある。こうした状況の原因として,内視鏡検査における2つの潜在的リスクの問題が指摘されている。
その一つが「内視鏡検査後に発見される大腸がん」。つまり,検査を受けたにもかかわらず,検査後に大腸がんが発見されることがある。その原因として検査時の見落としのほか,検査後に結果を聞きに来院しない,検査後にがんが発生したなどのケースがあり,大腸がん全体の6%程度がこれらにあたるとする研究がある。
二つ目は「内視鏡医のマンパワー」の問題。これは内視鏡医の技術格差による,がん化する前の腺腫性ポリープなどの「見落とし」が原因となるもの。医師の経験や技量によって大きく変わるが,内視鏡による大腸がん検査において,実に24%もの病変が見逃されているという報告もある。
国立がん研究センター(国がん)の内視鏡科医である山田真善氏らはこの状況を改善すべく,人工知能(AI)による大腸がんおよびポリープのリアルタイム自動解析システムをNECと共同で開発し,7月10日,記者会見を開催して成果を発表した。
このシステムは,AIが内視鏡映像からポリープやがんをリアルタイムで検知し,囲み線と警告音を使って知らせるというもの。AIによる高い顔認識技術を持つNECに山田氏らが声をかけて実現したもので,開発は国がんの持つポリープと早期大腸がんの画像約5,000枚と病変の無い画像約135,000枚を,「教師あり深層学習」と呼ばれる手法でAIに機械学習させて行なわれた。
実際の内視鏡映像を用いてAIの性能実験を行なったところ,検出が難しいとされる2 mm大のポリープや,鋸歯状ポリープ,平坦な病変も検知することに成功した。その精度を評価したところ,感度(病変が写っている画像に対して「病変がある」と判定した割合)98%,特異度(病変が写っていない画像に対して「病変は無い」と判定した割合)99%,正診率(全ての画像に対して病変の有無を正しく判定した割合)98.8%と,非常に高い性能を持つことが証明された。この評価に用いた映像は,国がんが学習用データとは別に用意したもので,NEC側にも情報を事前に知らせることなくこの数値を達成したという。
一方,偽陰性(病変の見逃し)が2%,偽陽性(病変の誤検知)が1%あったが,偽陰性については斜切,平坦,暗い,など,偽陽性については粘膜の皴などを誤検知する傾向があることが分かっており,このうち平坦・陥凹型病変については国がんに蓄積されたデータを用いて引き続き機械学習を進めているところだという。また山田氏は,「基本は内視鏡医が目視によって丁寧に観察することで,こうした問題もフォローできるのではないか」としており,このAIが確定診断を行なうのではなく,あくまで内視鏡医の支援を目的とするものだとしている。
開発したAIは現在のところ,検出用のGPUを搭載したPCでの動作が可能となっており,デモではこのGPUを搭載したノートPCで動作することを示した。
国がんは今後,研究所内にAI解析エリアを構築し,内視鏡科の録画サーバーと接続して研究を加速,2年後には臨床試験を始めたいとする。このAIにより内視鏡検査の有効性と受診率を高めていくことが当面の目標だが,将来的には大腸ポリープの質的診断の他,胃や小腸など他の消化器系にも応用していきたい考えだ。
今回開発したAIは低解像度のカプセル内視鏡にも適用できるというが,その解像度を補う性格のものではない。実際の内視鏡映像はブレたりピントが合わなかったりする場面も多く,鮮明な画像が少ない場合などには「高画素の方が有利」(NECデータサイエンス研究所今岡仁氏)になるという。開発は標準的な内視鏡のスペックである30 fpsのHD映像を用いて行なわれたが,開発が進む4K/8K内視鏡にも対応していきたいとしているほか,現在一部で製品化されている,3面のレンズを持つ広角内視鏡への応用も有効ではないかとしている。
製品化に際して,どのようなパッケージで販売されるかは未定だが,基本的には内視鏡の映像データさえあれは使えるシステムなので,例えば離島で経験の浅い医師が撮影したデータをサーバーに送って診断の補助を行なうような使い方をすることで,究極的には遠隔地医療にも資するものにしたいとしている。◇
(月刊OPTRONICS 2017年8月号掲載)