産総研,加工用レーザーのパワー制御システムを開発

炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料をはじめ,機械加工が困難な材料の切断・切削,自動車ボディーの鋼板溶接などで高出力レーザーによる加工応用が広がっている。

しかしながら,加工用レーザーの多くは,周囲の温度変化やレーザー装置の予熱状態などによってパワーが揺らぐという問題があった。この揺らぎは加工の精度や歩留まりに影響するため,とりわけ高出力レーザーのパワーを高精度に安定化させる技術が求められていた。

図1 開発した高出力レーザーパワー制御システム
図1 開発した高出力レーザーパワー制御システム

こうした中,産業技術総合研究所(産総研)物理計測標準研究部門・応用放射計測研究グループ・主任研究員の沼田孝之氏は,加工用高出力レーザーのパワーを高精度に制御するシステムを開発した(図1)。

これまで産総研 物理計測標準研究部門では,マイクロワットからキロワットレベルの幅広い範囲にわたり,国内のレーザーパワーの基準となる計量標準を開発してきた。この過程で,レーザー光を高感度に検出する技術や,レーザーのパワーを高度に安定化させる技術の開発を進めてきた。今回の成果は,これらの技術を活用して実現したものだという。

高出力レーザーのパワー制御は,対向する2個のプリズムからなる素子を用いて光の反射量を精密に調整する。プリズムの底面に一定の角度以上で光が入射すると全反射するが,その過程で,光はわずかにプリズムの底面の外側,数百nm程度の範囲に侵出し,その後,再びプリズム内部に戻って反射光となる(図2上段)。この侵出した光は“エバネッセント光”と呼ばれる。

図2 今回用いたレーザーパワー制御方法の原理
図2 今回用いたレーザーパワー制御方法の原理

プリズムの底面に別のプリズムを近づけると,エバネッセント光の一部を,近づけたプリズムへと抽出できる(図2下段)。このとき,元のプリズム内に戻って,反射光となる光のパワーは,別のプリズムに抽出された分だけ減少する。

抽出される光の量は2つのプリズム間の距離に依存するため,この距離を変えることで,反射光のパワーを制御できる。この原理は従来より知られていたとしているが,今回,システムの出射口にパワーモニターを設置し,その測定値が目標値に一致するように,2個のプリズム間の距離を精密にフィードバック制御するシステムを開発した。

従来のパワー制御技術には,光の吸収の大きい光学材料が使われていたが,開発したシステムでは,透明度の高いプリズムを用いているため,光の吸収に伴う発熱を抑制できるという。これにより,高出力レーザーパワーであっても制御できることを実証した。

図3 開発したシステムによる高出力レーザー(2 kW/cm2)のパワー制御の結果
図3 開発したシステムによる高出力レーザー(2 kW/cm2)のパワー制御の結果

実証実験では,波長が1.1μmで,2 kW/cm2のファイバーレーザーを用いて,そのパワー制御を行なった。実際の生産ラインで稼働中のレーザー加工装置の出力変動を想定し,レーザーパワーを意図的に変動させた(図3上段)。その結果,ステップ状に5%以上の変動を与えた場合でも,制御後の変動を,ステップ状の変動直後を除き0.1%以下に抑制でき,レーザーパワーを安定化させることに成功した。また,300秒から420秒付近の連続的なパワー変動に対しても,制御後は一定値を維持できることも確認した(図3下段)。

産総研によれば,今回開発したシステムを小型化することで,加工装置に内蔵することもできるとしている。さらに,レーザービーム断面の光強度分布を制御することも可能なため,円形のビーム以外に矩形や線状など,材料特性や加工用途に応じた最適なビーム形状を作り出せるといった高機能なレーザー加工システムの実現が期待されるという。

今後の展開について産総研では,今回開発したシステムをもとに応答特性の改善を進めるとしている。また,このシステムを小型化し,加工用レーザーに内蔵したり,レーザー出射口に設置したりするだけで,レーザーパワーを高精度に制御できるシステムとして実用化を目指す。小型化にあたって沼田氏は,「現在のシステムは,実証実験を目的としたもので,光学部品などに市販品を用いているため大型となっている。これらの部品を専用設計することで小型化を進める」との考えを示した。さらにビーム形状制御技術の開発にも取り組む計画だ。◇

(月刊OPTRONICS 2017年7月号掲載)