手で触れられる空中ディスプレイを実現?空間を飛び回るミリメートルLED光源

東京大学・准教授の川原圭博氏,同客員研究員の星貴之氏,慶應義塾大学・准教授の筧康明氏らの研究グループは,手で触れる空中ディスプレイ向けに3次元空間を飛び回るLED内臓のミリメートルサイズの発光体を作製することに成功した。この発光体は蛍のように光ることからゲンジボタルの学名よりLuciola(ルシオラ)と名付けている。

空中に3次元映像を投影する空中ティスプレイは,ディスプレイの究極の姿として近年様々な方式の研究・開発が進められている。中でも,鏡を利用した光学方式が主流となっていた。しかし,この方式では3次元映像を手で触れることができないといった,視聴者にとってリアルな体験をするうえでは課題となっていた。研究グループは,それを可能にするアプローチで研究開発を進めてきた。

(a)「ルシオラ」を実現するための全体セットアップ。超音波アレーで超音波集束ビームを生成して物体を空中浮遊・移動させる。(b)無線給電により空中で点灯するルシオラ。(c)ルシオラに内蔵されたLED,無線給電の受電用コイル,専用ICチップ。
(a)「ルシオラ」を実現するための全体セットアップ。超音波アレーで超音波集束ビームを生成して物体を空中浮遊・移動させる。(b)無線給電により空中で点灯するルシオラ。(c)ルシオラに内蔵されたLED,無線給電の受電用コイル,専用ICチップ。

その実現のためには,物体の空中浮遊・移動技術と,浮遊したLEDへのエネルギー供給技術の2つが必要になるという。今回,物体の空中浮遊・移動技術として超音波ビームを用い,エネルギー供給技術として無線給電を用いた。

具体的には,人間の耳には聞こえない40 kHzの超音波スピーカーを17個×17個の2次元格子状に並べた17センチメートル四方の超音波アレーを2台,これを20 cmの距離に対向して設置し,超音波スピーカーを駆動する電気信号の位相を制御することにより,2台の超音波アレーの間の空間の1点に超音波ビームの焦点を集める。この超音波ビームの焦点に物体を差し入れると,物体が空中浮遊し,さらに超音波スピーカーの位相を制御して超音波ビームを動かすと,物体をミリメートル単位の高精度で空中を移動させることができる。

ただし,これまでは超音波で浮遊させる物体は,小型かつ軽量である必要があるため,従来は直径数ミリメートル以下で,発泡スチロール球のようにごく軽く,電子回路を持たない物体に制限されていた。浮遊物体を発光させるために電池を搭載すると,大きく重たくなってしまうため,超音波で物体を浮遊させることができないという課題があった。

これについて,研究グループでは無線給電によって電池を不要にするとともに,LED点灯に必要な電子回路の専用IC化の2点を工夫することで,小型・軽量化を実現し,直径4 mmの半球状で,重さ16 mgの空中移動する発光体の作製を実現した。

手で触れる空中ディスプレイに向けた発光画素へのルシオラの適用例。空中に英語の“L”の文字を描画した。写真の露光時間20秒。
手で触れる空中ディスプレイに向けた発光画素へのルシオラの適用例。空中に英語の“L”の文字を描画した。写真の露光時間20秒。

エネルギー供給は,発光体の近くに設置した直径31 mmの給電用コイルから,発光体に内蔵されたフレキシブルプリント基板上に形成した受電用コイルに対して,12.3 MHzの磁界共振結合型の無線給電によって行なったという。無線給電では送受電コイルの位置関係で値が大きく変動する交流電圧を,LED点灯に必要な約3ボルトの直流電圧へと整流・電圧調整する必要があり,これを市販の汎用ICを組み合わせて実現した場合,回路が大型化し,超音波で物体が浮遊しないという問題があったが,今回新規に開発した1 mm四方のICチップに全ての電源回路を集約することで,小型・軽量化に成功した。

この特長を生かし,手で触れる空中ディスプレイの実現に向けた発光画素のデモとして,空中移動と無線給電をオンオフするタイミングを合わせて制御することにより,空中の位置に応じてLEDを点灯・消灯し,3次元空間内に文字や図形を表示したり,読者の視線の動きに合わせて本の上の空中を移動するマイクロ読書灯を可能にした。

発光しながら本の上の空中を移動するマイクロ読書灯へのルシオラの適用例
発光しながら本の上の空中を移動するマイクロ読書灯へのルシオラの適用例

今後は,空中ディスプレイの表現力をより高めるために,発光物体の個数を増やすことによる発光画素の多点化に取り組む予定という。さらに,空中移動する小型電子物体に対してセンサーやアクチュエーター,無線通信機能などを追加することにより,空中移動可能な小型のセンサーノードとしてIoT分野へ展開する研究にも取り組むとしている。◇

(月刊OPTRONICS 2018年2月号掲載)