平成25年8月 2日
東京大学生産技術研究所
超高屈折率のカギは常識を覆すガラス構造にあり -超高屈折率ガラス開発へ新たな道-
1. 発表者: 増野敦信(東京大学生産技術研究所 助教)
井上博之(東京大学生産技術研究所 教授)
小原真司(高輝度光科学研究センター 主幹研究員)
Alex C. Hannon(ラザフォード・アップルトン研究所 研究員)
Eugene Bychkov(リトラル大学 教授)
2.発表のポイント:
◆屈折率2.2を超える無色透明な2種類のガラスの開発に成功し、その高屈折率の起源が従来のガラス科学の常識では考えられない奇妙なガラス構造にあることを突き止めました。
◆ガラスの原子配列を三次元可視化することで、ガラス化の要因と高屈折率の原因を世界で初めて原子レベルで明らかにしました。
◆開発したガラスの光学特性は極めて優れており、超高精細、高解像度を実現する光学レンズとしての応用が期待されます。
3.発表概要:
屈折率の高いガラス(屈折率が1.8以上のもの)は、主にレンズとして利用されています。しかし、無色透明で屈折率の高いガラスの開発には原理的に高いハードルがあると考えられていました。
東京大学生産技術研究所の増野敦信助教、井上博之教授、高輝度光科学研究センターの小原真司主幹研究員、英国 ラザフォード・アップルトン研究所のAlex C. Hannon研究員、フランス リトラル大学のEugene Bychkov教授らは、無容器法(注1、図1)を用いることで、これまでガラスにならないと考えられていた希土類酸化物(La2O3)とニオブ酸化物(Nb2O5)のみからなる組成の新しい2種類のガラスの開発に成功しました(図2)。開発した2種類のガラスはLa2O3の含有量が多いものとNb2O5の含有量が多いものとがあり、いずれも無色透明で、かつ2.1~2.2という極めて高い屈折率を示しました。
本国際共同研究チームは、高エネルギー放射光X線(注2)と中性子線(注3)による回折実験と計算機シミュレーションを組み合わせた構造解析研究の結果、ガラスに含まれている元素のイオン性が極めて高く、かつそれらが隙間無く密につまっていることが、高い屈折率の直接的な原因であることがわかりました。そしてその高密度状態が、一般的なガラスとは全く異なる局所構造によって実現されたものであることを原子レベルで明らかにしました。
今回の成果は、単に新しい組成のガラスができたというだけにとどまりません。これまでのガラス科学が想定していなかった元素の組み合わせでもガラスになること、そしてそれらのガラスが極めて高い特性を持つことを、原子レベルで原理的に示しました。今回の成果をきっかけとして、今後のガラス研究の枠組みが大幅に広がる可能性があります。また、本研究の成果は近い将来、携帯電話やタブレットPCのカメラの超高精細化、高解像度化や、内視鏡用のレンズの小型化に向けた製品開発につながると期待されます。
4.発表内容:
[研究の背景]
様々な種類、用途があるガラスの中で、屈折率の高いガラスは、主にレンズとして利用されています。現在、携帯端末に搭載されているデジタルカメラのさらなる小型化、高性能化を目指して、激しい高屈折率ガラス開発競争が繰り広げられています。可視域で無色透明を保ったまま高い屈折率を示すガラスを作るためには、SiO2やB2O3、P2O5等のいわゆる網目形成酸化物に、La2O3やNb2O5などの含有量を増やすことが効果的とされています。多くのガラス研究者は、こうした設計指針に基づいてガラスの組成を調整しています。しかしながら、ガラス形成則(注4)によれば、La2O3やNb2O5などを大量に含有させるとガラスにならないとされているため、無色透明高屈折率ガラスの開発には原理的に高いハードルがあると考えられていました。
[研究内容]
東京大学生産技術研究所の増野敦信助教、井上博之教授、高輝度光科学研究センターの小原真司主幹研究員、英国 ラザフォード・アップルトン研究所のAlex C. Hannon研究員、フランス リトラル大学のEugene Bychkov教授らは、無容器法を用いることで、希土類酸化物(La2O3)とニオブ酸化物(Nb2O5)のみからなる2種類の新しいガラスの開発に成功しました。La2O3が多い組成(ランタンガラス)とNb2O5が多い組成(ニオブガラス)の2種類の新しいガラスは、いずれも無色透明で、かつ2.1から2.25にまで達する極めて高い高屈折率を持つことを示しました。さらに、密度や光学特性、熱的安定性などの振る舞いが、両者で異なっていることがわかりました。本国際共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL04B2での高エネルギー放射光X線実験と英国ラザフォード・アップルトン研究所中性子実験施設ISISでの中性子回折実験を行い、得られた実験データをもとに計算機シミュレーションを組み合わせた構造解析を行った結果、含まれている元素のイオン性が極めて高く、かつそれらが隙間無く密につまっていることが、高い屈折率の直接的な原因であることを突き止めました。ガラス構造を三次元的に可視化することで、その高密度状態が、一般的なガラスとは全く異なる局所構造によって実現されたものであることを原子レベルで明らかにしました。驚くべきことに、ランタンガラスとニオブガラスとでは、NbOn多面体のつながりが全く異なることがわかりました(図2)。充填密度のより高いニオブガラスでは、歪んだNbOn多面体が頂点を共有して形成されたネットワークに、頂点共有だけでなく稜共有(多面体の辺を共有)したLaOx多面体がNbOnネットワークの合間を縫って連なっていました。一方ランタンガラス中には、対称性の高いNbOn多面体が稜共有することで形成された小さなクラスターが、LaOx多面体ネットワーク中に不均一に分布していました。このように組成を少し変えることで、局所構造が全く異なるガラスが得られましたが、こうした振る舞いは従来のガラス形成則の考え方からは大きく逸脱しています。そのため今回開発した高屈折率ガラスは、本質的に新しいタイプのガラスであると示唆されます。
[社会的意義]
ガラス形成則は提案されてから百年近くにわたって、ガラス科学の発展に大きく寄与してきました。その一方で、ガラス形成則がガラス研究を特定の化学組成範囲に縛り付けてきた点も否定できません。ガラス形成則に従えば、ガラスの主成分となり得るのは、元素の周期表の右上に位置する元素の酸化物に限られます。この定説に反して、本研究は、周期表の左下の酸化物のみを組成とするガラスができることを示しました(図3)。これはガラス科学にとって新たな材料空間が発見されたといえます。周期表の左下の元素からなる、重くてイオン性の高い酸化物を用いた新しい組成のガラスは、従来のガラスの常識では考えられないような革新的な機能もつ可能性があります。今回の成果によって、古典的ガラス形成則を超えたところに、新しい “イオン性”ガラスの領域があることがわかりました。ガラス科学の新たな扉を開く重要な一歩となります。
[今後の予定]
開発したガラスの光学特性は極めて優れており、超高精細、高解像度を実現する光学レンズとしての応用が期待されます。既に、スマートフォンやタブレットPC用カメラの高性能化や、身体への負担を軽減するための内視鏡の小型化などを目指して、本ガラス組成をベースとした組成開発競争が始まっています。日本発の新素材として、基礎研究段階から製品化プロセスへの速やかな移行が求められています。
5.発表雑誌:
雑誌名:米国化学会(ACS)発行の材料化学専門誌「Chemistry of Materials」オンライン版:8月3日
論文タイトル:Drastic connectivity change in high refractive index lanthanum niobate glasses
著者:Atsunobu Masuno、 Shinji Kohara、 Alex C. Hannon、 Eugene Bychkov、 Hiroyuki Inoue
DOI番号:10.1021/cm401236s
問い合わせ先: 東京大学生産技術研究所 助教 増野敦信
Tel:03-5452-6317
FAX:03-5452-6316
メール:masuno@iis.u-tokyo,ac.jp
用語解説:
*1 無容器法
一般的なガラス合成法において、ガラス化を阻み結晶化を促進する最大の要因は、容器壁面から結晶の核が生成することである。無容器法では物質を空間に浮かせた状態で合成を進めるため、壁面から結晶の核が生成することが極限まで抑制される。その結果、ガラスになりにくい組成でも比較的容易にガラス化することができる。無容器状態を実現するために今回はガス浮遊炉(図1参照)を用いた。円錐形のノズルから試料に対して下から鉛直方向にガスを吹き付けることで、試料を浮遊させたまま保持し、CO2レーザーを照射して試料を溶融する。
*2 高エネルギーX線回折
物質中の原子がある規則に従って配列した場合、電磁波であるX線を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波(回折X線)が進行する。この現象をX線回折と呼び、本手法を用いることにより物質内の原子の配列を調べることができる。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す研究施設SPring-8では物質に対する透過力の強い高エネルギーX線を発生させられるため、とくに高エネルギーX線回折と呼ぶ。
*3 中性子回折
回折の原理はX線回折と同じであり、中性子を用いても物質内の原子の配列を調べることができる。ただし、X線は原子内の電子で散乱されるのに対し、中性子は核で散乱されることから、構成される原子によって検出感度が異なってくる。したがって、同じ物質でもX線回折と中性子回折から異なった情報を得ることができる。近年ではX線回折と中性子回折の相補利用が盛んに行われている。
*4 ガラス形成則
全ての物質が溶かして固めればガラスになるわけではない。ZachariasenやSunらは、物質を構成する各原子間の結合力、結合距離、角度などの構造面から、その物質がガラスになりやすいかどうかを見積もる簡単な基準(ガラス形成則)を考案した。ガラス形成能(ガラスになりやすいかどうか)の観点から、酸化物を3つのグループに分けた。主成分としてガラスの骨格をなす網目形成酸化物、網目中に入る修飾酸化物、そのどちらでもないが一部同様な働きをする中間酸化物である。La2O3は修飾酸化物、Nb2O5は中間酸化物に分類される。
添付資料:
図1:無容器法を用いたガラス作製装置
試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊し、CO2レーザーで加熱融解される。写真は浮遊している高温酸化物融体。
図2 無容器法を用いて合成されたランタンガラス(La2O3の組成が多いガラス)とニオブガラス(Nb2Oの組成が多いガラス)。写真では全く同じ無色透明のガラスに見えるが、実験データに基づいた計算機シミュレーションより得られたガラスの3次元原子配列には、両ガラスに顕著な違いが見られる。
図3 元素の周期表。一般的な酸化物ガラスには右上に青く塗りつぶした元素のどれかが必ず含まれていなければならない。一方、本研究チームはこれまでに左下の元素だけの組み合わせでもガラスになることを示した。