本シリーズが第100回目を迎え,若手研究者の研究に加えて,ミニインタビューも掲載していければと思います。より充実した内容をお届けしますので,ご期待ください。
1. はじめに
土壌中に存在する土壌有機物は,植物への養分供給力としての肥沃度に加えて,土壌の物理性,化学性,生物性に影響し,植物の生育に重要な役割を果たす。土壌有機物は粗大有機物,腐植物質,非腐物質に大別される。このうち粗大有機物は,たい肥や植物残さ,分解途上の落ち葉,樹皮など肉眼でその組織が確認できるものを指し,主に土壌の通気性,保水性,排水性の維持など土壌の物理性に影響する。また土壌有機物は炭素や窒素などの物質循環の面でも重要な要素である。農地に施用された堆肥や緑肥等の有機物は,多くが微生物により分解され大気中に放出されるものの,一部が分解されにくい土壌有機炭素となり長期間土壌中に貯留される。我が国全体としては,農地土壌はCO2の排出源となっているが,有機物の施用等による土壌炭素の貯留により,収穫・残渣の除去に応じて変動純排出量を減らすことが可能とされている1)。
これまで焼却廃棄されていたバイオマス由来の廃棄物を,炭化して土壌に埋設することが,農地による炭素貯留法として注目されている。現在,土壌中の土壌有機物量の計測には,目視によって土色から有機物量を推定する方法が広く用いられている。有機物が黒色味を呈することが多いことを利用し,土色の明度によっておおよその有機物量を推定する方法である2)。サンプルを採取することなく,現場で簡便に実施できるが,主観的経験に基づくために熟練を要する上,再現性にも課題がある。また土壌の暗色化に寄与しない有機物が含まれる場合や,土壌を構成する鉱物そのものが黒い場合は,土壌有機物量を推定する事が難しい。
より定量的な測定を行うには,土壌から採取した試料を燃焼させて重量の減少を計測する方法3)や,燃焼時に発生するガス成分によって分析する方法4)などの化学的分析方法が用いられる。しかしながら,これらの手法では現場での測定はできず,また試料の採取,前処理,及び分析に時間と手間を要する。また,使用するサンプルは数100 mgとわずかであり,バラつきの大きい農場の特性をこのようなわずかな量のサンプルで評価することには疑問が残る。加えて,採取した土壌は前処理として数mmの円孔でふるいにかけた上で分析されるため,粗大な有機物は除外されてしまうという問題もある。
著者らは,土壌を光で加熱した場合に土や砂と,土壌有機物とで温度変化の傾向が著しく異なることを見出し,サーモグラフィーで撮影した熱画像を解析することで土壌中の粗大な土壌有機物量を定量的に計測する技術を考案した5)。本報告ではその原理と実証実験の結果,実用化への課題について概説する。