組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発

1. はじめに

近年の急速な高齢化の進展に伴い,世界的に癌の罹患数および死亡数はともに年々増加の一途を辿っている1)。癌に対する治療において,外科的切除は根治を期待しうる重要な治療であり,今後も手術件数は増加すると予測されている。そして近年,より低侵襲に癌を取り除くことのできる術式が求められており,傷痕の小さい腹腔鏡手術の対象が広がっている。そのため,手術件数の増加に伴い高難度な症例数も増えることから,今後,腹腔鏡手術をより安全,容易に行い,術後の機能温存・QOL向上を目指すためには,切除してはいけない血管や神経などの重要組織を認識できる手術支援システムの開発が必要である。

そこで,腹腔鏡手術動画から解剖構造の教師データを作成し,重要組織を機械学習で識別させる取組みが行なわれている2)。しかし,視波長域のカメラから得られるRGB(赤緑青)の情報だけでは,図1のように組織の深部に存在する癌や血管,神経などの走行を認識することが困難であり,外科医の熟練度に依拠せざるを得ない現状は継続すると考えられる。

図1 通常の腹腔鏡で視認困難な例
図1 通常の腹腔鏡で視認困難な例

近赤外(Near infrared:NIR)の光は可視光と比べて高い生体透過性を持ち,分光することによって分子振動の情報が吸収スペクトルとして現れることが知られている。そして,この吸収スペクトルをカメラの各画素で取得する,ハイパースペクトラルイメージング(Hyper spectral imaging:HSI)という技術を用い四次元情報化することで,高い位置分解能で成分分析が可能となる。この手法は蛍光物質などによる標識がなくても非破壊・非接触で標的の成分分析が可能であることから,熟練医の目でも認識が難しい癌の範囲診断や臓器の識別などの応用が期待されており,医療分野で注目を集めている。しかし,近赤外領域の波長を使用するには,カメラやレンズ,光源がどれも特殊になるため,市販として流通しているものは大型の撮像装置しかなく利用場面が限定的であった。そこで,筆者らのグループは腹腔鏡下近赤外領域のHSIを取得できるシステムを独自に開発した。本報告ではそのシステムの構成,および応用可能性について紹介する。

2. 近赤外ハイパースペクトラルイメージング(NIR-HSI)

近赤外とは800−2500 nm程度の波長の光のことを指し,可視・紫外光に比べて低エネルギーであることから,対象物に損傷を伴わない非侵襲的な光として用いることができる。さらに,1450 nm及び1900 nm付近の水による吸収を除いた領域は,可視光や紫外光に比べて生体透過性が高いといった特徴も持っていることから,生体の窓(Biological Window)と呼ばれている3)。そして,この波長領域の中でも,1000 nm以上の波長域は,最大で10〜15 mm程度まで観察可能である4)。また,近赤外光のエネルギーは分子振動の倍音・結合音に相当し,微弱な光吸収が起こる。つまり,この領域における吸収スペクトルを解析することで,有機物の同定や濃度の推定が可能である。

近赤外分光は,試料のある一点において吸光度または,散乱強度のスペクトルを取得する計測法として古くから行われてきたが,近年では分光情報と位置情報を取得するHSIが注目されている。これはカメラの1画素中に連続したスペクトルを格納する画像取得法であり,詳細な色の違いを解析して撮像対象の物性を可視化することができる。そして,その波長域を近赤外としたものをNIR-HSIと呼び,透過性を持ちながら分子振動の情報が得られることから,食品分野で不透明な包装の中身の状態を非破壊的に検査できることや,可視光では判別のつかない有機成分の分析が可能であることが報告されている。この手法は,非接触で蛍光物質などによる標識がなくても標的の識別が期待できることから,医療分野でも注目を集めている。特に,がんと正常組織との区別や病態の詳細を鑑別できる可能性があること,手術中に可視光では切除部位が判別しにくい場面で画像認識支援に利用できる可能性があることが報告されており,国内外で研究が進められている5)

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