2. 共鳴トンネルダイオードテラヘルツ発振器の高出力化
一般的にTHz帯の発振器に用いられているRTDはAlAs/InGaAsの2重障壁構造を有している。図2に層構造および電流電圧特性を示す。AlAsに挟まれたInGaAs井戸に量子準位が形成され,電圧をかけると準位とエネルギーが一致するエミッタの電子がトンネルし電流が流れる。電圧をあげていくと準位がエミッタの伝導帯の底よりも下がり電子がトンネルしなくなって電流が減少し微分負性コンダクタンス(NDC)特性が得られ,これを利得として発振器を構成できる。薄膜構造であり電子遅延が小さく応答が非常に速いため,微細な共振器と組み合わせることでTHz周波数帯の発振器を形成することができる13, 14)。現在までに,ピーク電流密度50 mA/μm2までの高電流密度が得られている29)。
ピークバレー電流比はTHz帯のRTDではおよそ2〜4程度である。このような高電流密度でかつ数μm2の比較的大きな面積のデバイスでは発熱が大きくなり熱破壊が発生するが,熱伝導の悪い下部InGaAs導電層を熱伝導の良いInPに置き換えることにより放熱を改善することができる30)。また,最近では,GaN系のRTDが発展してきており,室温で安定した動作を実現し,ごく最近,電流密度も15 mA/μm2を超えるものが出てきている31)。発振器の構成であるが,共振器となるアンテナと共鳴トンネルダイオードを集積することで実現でき,発振周波数はRTDのキャパシタンスと共振器のLC成分との並列共振周波数によって決定される13, 14)。共振器とアンテナを分離することも可能である。これまで単純なスロットアンテナを用いたものが多かったが,パッチアンテナやスロットリングアンテナ,空洞共振器とダイポールアンテナを集積したものなどが研究されている。
RTDはそのNDCにより損失を打ち消し発振するが,電子の走行遅延時間によって周波数応答が決定され,損失が打ち消せなくなったときが周波数限界となる。そのため,高周波発振を得るために,遅延時間短縮と,共振器とアンテナの導体損失削減が行われ,現在までに単体の室温電子デバイスでは最高の約2 THzの発振がスロットアンテナ構造により得られている32)。しかしながら,このような通常のスロットアンテナ構造では出力は1 THz未満の周波数帯でも10−100 μW程度と小さく出力の向上が必要となっている。次に,この出力の課題について我々の取り組みを紹介する。RTD発振器の出力は,理論的にはアンテナの放射コンダクタンスがNDCの大きさの半分のときにマッチングし最大となる14)。通常のスロットアンテナでは放射コンダクタンスが非常に小さいが,RTDをスロットの中央からずらしたオフセット構造では放射コンダクタンスが大きくマッチング条件が満たされ,高電流密度のRTD構造と組み合わせることで数100 μWの出力が得られている33)。直近では,このスロットリングアンテナにこのオフセット構造を適用し,さらに,対称性を利用してスロットリングを2つにした構造によって400 GHz帯で1 mWを超える出力を得ている34)。
このようなスロットやスロットリングは平面上の構造を有するが,3次元的な矩形空洞共振器構造は低損失で低インダクタンスの共振器であり,周波数を維持したままRTDを大面積化でき,単体でも1 mWを超える出力が1 THzの高周波で期待される35, 36)。我々はこの空洞共振器構造について,多層レジストを用いたプロセスにより形成し,660 GHzの比較的高周波数において1 mWを超える出力を得た37)。さらに空洞共振器に2つのRTDを集積したデバイスでは0.2 mWの出力が900 GHzで得られている28)。これら我々のRTDデバイス単体の高出力化についてまとめたもの,および,他の機関の単体RTDデバイスも含めた周波数に対する出力を図3に示す。これら単体の高出力化と併せてアレイ化も高出力化に有効で,89素子大規模アレイでは0.73 mWが1 THzで得られている38)。ただし,この構造では素子同士は結合されておらず,同期していないので発振スペクトルはマルチピークであった。そのため,抵抗を介して強く結合したデバイスを提案し27),6素子までの出力合成を達成している39)。これらのデバイスはデバイス面積が0.1 mm2以下と小さく電力密度は数10 mW/mm2と非常に高い。これらにより図1(b)に示したようにRTDは高周波帯で優位性が得られている。