1. はじめに
金属と誘電体との界面で励起される自由電子の集団振動である表面プラズモンポラリトン(SPP)は,光とプラズモンの結合量子状態であり,その界面電場増強効果をはじめとする特異的な光学機能はナノスケール光学,情報通信,センシング,光電変換などの分野において次世代の高度なエレクトロニクス・フォトニクスを支える基盤技術(プラズモニクス)として応用研究が急速に進んでいる。SPPは金属ナノ粒子やナノ構造体近傍において生じる局在型SPPと,平坦な金属-誘電体界面を光速近くで伝搬する伝搬型SPPに大別される。局在型SPPは,例えば金ナノ粒子によって赤く色付けされたステンドグラスに知られるように,その光学的機能は古くから認識されており,近年では分光計測,バイオイメージング,触媒などの科学技術分野で広く応用されている。一方で,伝搬型SPPに関しては導波路を用いた高速情報通信素子の開発や太陽電池の高効率化に向けた取り組みなどが進められているものの,局在型SPPと比較するとその機能の応用展開は一歩遅れているように思われる。その理由の一つに,伝搬型SPPは一般に無輻射過程であり,これを直接的に観測・評価する手法の確立が十分でない点が挙げられる。
理想的な系における伝搬型SPPは,古典電磁気学を基礎とした有限差分時間領域(FDTD)法などのシミュレーション計算によって機能を設計することができる。しかし,実際の系では平坦性の不完全さや,他の機能性材料との量子化学的相互作用などがSPPの伝搬特性や物理特性に大きく影響するため,それらの効果を取り入れた計算は難しく,プラズモニック機能の本質は未だ十分に理解されていない。従って,伝搬型SPPを活用したデバイス(プラズモニックデバイス)の設計や高機能化を進めるためには,光励起を起点としたSPPの空間的・時間的発展を実験的に観測するとともに,その物理特性を明らかにすることによりデバイスを精密制御する指針を得ることが不可欠である。
伝搬型SPPを直接的に観測する手法はこれまでに全く無かったわけではない。例えばフェムト秒レーザーパルスを光源とした走査型近接場光学顕微鏡(SNOM)や光電子顕微鏡(PEEM)によりSPPが可視化できることが示されている1, 2)。しかし,SNOMは空間分解能(~10 nm)の点で優れているものの,探針法であるため1度のイメージングに時間を要することや,時間分解能に限界があるなどの点で課題がある。一方でPEEMはビデオレート(>30 frame/s)計測が可能であることに加えて,SPPの物理特性(波数分散)を高精度で評価できる。さらに,ポンプ-プローブ時間分解計測により高い時間分解能(<50 fs)でSPPの空間発展を追跡できるという特徴もある。しかし,PEEMは光電子の空間分布を検出するという性格から,観測に超高真空環境(〜10–8 Pa)を必要とすることや,試料がSPPを励起する光により光電子放出が起こるもの限定されるという課題がある。また,いずれの手法も専門的な実験技術を必要とする点で,簡便さや汎用性の点からも本質的な課題が残る。これらの理由から,SNOMやPEEMを利用したSPPイメージングは基礎研究に限定されており,応用分野に十分に浸透していないのが現状である。
このような背景から,著者らはこれまでのPEEMを用いた研究3〜5)にヒントを得て,高い発光量子効率(Φ>70%)を有する半導体量子ドット(quantum dots;QD)を増感剤として,SPPの伝搬によって生じる局所電場を汎用性の高い光学顕微鏡により高精度で可視化・評価する手法の開発に取り組んだ(図1)。本稿ではこのアプローチにより達成した伝搬型SPPの可視化とその物理特性の精密評価について紹介する。本稿をご覧になるプラズモニクス,フォトニクス,分光,イメージングなどの分野を主体とする研究者・技術者にとって新たな研究開発の糸口や共同研究のきっかけになれば幸いである。