1. はじめに
全光束は,光源から全空間に放射される光束(単位:lm)の総和であり,省エネ指標のひとつである光源効率の算出に欠かせないことから,その評価には十分な信頼性が求められる。このため,測定で使用する機器を適切なトレーサビリティが確保された標準器により校正することが重要である。長年,全光束をはじめとした測光・放射測定の校正体系は,仲介用標準器である標準光源によって支えられてきた。標準光源とは,ある放射量・測光量について,特定の条件下で点灯することによって,付与された校正値を正確に再現することができる光源である。
これまで,全光束の標準光源には白熱電球やハロゲン電球などが用いられ,その優れた安定性や,全光束測定あるいは分光測定に適した光学的な特性により,高精度な光源評価を可能にし,照明光源の品質の維持や高度化も支えてきた(図1)。
白熱電球を用いた標準光源(標準電球)の歴史はほぼ100年に及ぶ。しかし,近年のLED照明の普及に伴い,白熱電球などの既存の光源の製造中止の影響が標準電球にも及んでおり,既存の測光・放射測定の校正体系の維持が困難になりつつある。そのため,標準電球に代わり,将来の照明産業を支える光源として期待されるLEDをベ ースとした新たな標準光源の開発や,LEDベースの標準光源に基づく照明産業界における測光・放射測定の校正体系の確立は,世界的な課題となっている1)。
これは,標準電球100年の歴史への挑戦と言っても過言ではない。現在,LEDを用いた標準光源の開発は世界的に行われているが2, 3),後述する特性をすべて高い次元で満足することは容易ではなく,既存の標準電球を十分に代替するLEDベースの標準光源はまだ開発されていない。
また, LEDは既存の光源とは光学的な諸特性が異なることから,既存光源の測定技術ではその特性を正確に評価することは難しい。とくに,LEDのスペクトルは多種多様であることから,分光全放射束(光源から全方向に放射される放射束の総和の分光密度)の測定から全光束を導出する方法が新しく国際規格で規定されるなど,分光測定に基づく評価がより重要となっており4),そのような測定に適した新しい標準光源も新たに必要とされている。
日本国内における測光・放射測定の校正体系は,国家計量標準機関である産業技術総合研究所(以下,産総研)が所有する国家標準を頂点として構築されている。産総研では,測光量および放射量に関わる計量標準の開発や,計量法に基づいた校正事業者登録制度(JCSS制度)等による計量標準の供給を行っている。今回,我々は,日亜化学工業㈱との共同研究により,光源の全光束評価用の標準電球の代替を目指したLEDベースの新しい標準光源として,全方向形標準LEDの試作開発を行った。本稿では,開発した全方向形標準LEDの設計指針や,特性評価結果について紹介する。
2. 全光束の標準光源と全光束測定
我が国において近年まで製造されてきた全光束測定用の標準電球(図1(a))は,半世紀以上前に旧通商産業省電気試験所(現在の産総研)と電球メーカーとの協力により当時の技術の粋を結集して開発されたものであり,全方向に光を放射することに適した形状のフィラメントやガラスバルブなどを持ち,高度な技術を持つ熟練した職人が,特別に選定された部材を使い一つ一つ手作りで製造したものである。全光束標準は,この全光束標準電球の全光束値を配光測定で決定することにより具現されている(図2)。
配光とは,光源を中心とした光度の空間分布のことであり,これを配光測定装置により測定し,全空間で積分することにより全光束が導出される5)。この時,SI基本単位でもある光度(単位:cd)の標準光源を上位標準として校正した受光器が用いられる。
配光測定は,全光束の定義に沿った測定方法であるが,その測定時間は比較的長時間であり,点灯による光源の消耗も問題となる。そこで,実用的な評価手法として,球形光束計による測定が広く普及している(図3)。球形光束計は,内壁に白色の拡散反射面の塗装を施した積分球と,検出器,遮光板などから構成され,積分球の壁面の一部を測光窓として検出器を設置することで,積分球内部で点灯した光源の全光束値に比例する応答を得ることができる装置である。
測定対象となる光源(試験光源)の全光束値は,球形光束計に,試験光源と標準光源をそれぞれ設置して点灯し,その応答の比と,標準光源の既知の全光束値から求められる。この時,使用する標準光源は,試験光源の特性,すなわち,光の広がりや,光源の大きさ,全光束値などに応じて適切なものを使用する必要がある。これは,装置の特性と光源の特性に影響される測定の不確かさをより小さく抑えるためである。
LED評価で重要性が増している分光全放射束は,産総研において,配光測定装置による全光束測定と,分光量の標準である分光放射照度標準(単位:W nm-2 nm-1)を用いて校正した分光放射計を検出器とした相対分光配光測定を組み合わせることにより具現される6)。
分光全放射束の標準光源として産総研が選定したのが,市販ハロゲン電球を利用した分光全放射束標準電球(図1(b))である6)。
これは,複数種類の市販ハロゲン電球の特性を評価し,安定性などの諸特性が優れた製品を用いたもので,分布温度の高いハロゲン電球(分布温度:約3100 K)を用いることで,青色域の光強度が白熱電球(分布温度:約2800 K)よりも高く,分光測定に適した標準光源となっている。分光全放射束の実用的な評価手法としては,上述した球形光束計の検出器を分光放射計に変更した,分光式球形光束計による比較測定がある。
現在,産総研では,全光束標準電球を仲介用標準とした全光束標準の維持・供給を行いつつ,分光全放射束標準電球を用いた分光全放射束標準の供給も行っている。このように,標準光源は,全光束標準および分光全放射束標準の具現および供給に不可欠なものとなっている。
3. 標準電球を代替する光源の設計指針
標準光源には,校正値の維持や,適した測定条件の下で様々な試験光源に対してより不確かさの小さな測定を可能とするために,その選定にはいくつかの条件がある。光源の全光束測定で使用される標準光源の特性は次のようなものになる。
第一に,点灯安定性や再現性などに優れ,付与された標準値を維持するのに適した光源である必要がある。さらに,一度付与された値を安定して再現し,また長期間にわたって維持するために,点灯の繰り返しや長期間の保管を行っても標準値が大きく変動しないことが求められる。
第二に,可視波長全域で切れ目なく十分な光強度を持つ必要がある。これは全光束を分光測定に基づいて測定するために必要な波長域が可視波長全域,とくに380 nmから780 nmであるためである。さらに,分光測定では,光源からの入射スペクトルが急峻であるほど分光器の装置特性(スリット関数)の影響を受けて計測したスペクトルが入射光に対して歪むという問題がある7)。これは,標準光源と試験光源のどちらにも影響する問題であり,標準光源のスペクトルは,できるだけこの影響を少なくし測定の不確かさを抑えられるもの,すなわちスペクトルが滑らかで凹凸が少なく急峻でないことが望ましい。
第三に,全方向に均一に光を放射する配光を有する必要がある。広く一般に普及している照明光源の多くは,光源を中心として全方向に光を放射するものであり,既存の標準電球は,そのような光源の評価に用いられてきた。そのため,標準電球を代替する光源もまた,全方向に光を放射する光源である必要がある。また,球形光束計による測定では,積分球内壁面のムラや内部に設置された構造物に起因した空間的な不均一性による不確かさが存在する。この不確かさに対して標準光源に由来する影響を小さく抑えるためには,標準光源の配光は,全方向に均一に光を放射するものであることが望ましい。さらには,その配光の形状が滑らかであるほど,測定の不確かさは小さく抑えることができる。
産総研は,長年,日亜化学工業㈱との共同研究により, LEDをベースとした標準光源の開発を進め,世界に先駆けて,安定な標準LEDの開発と実用化を実現するなど8), LED計測の高度化や発展に貢献してきた。最近では,世界初となる可視光全域で十分な光強度を有するLEDベースの標準光源の開発(分光全放射束用標準LED)や,当該標準LEDを利用した分光全放射束標準の確立などを進めてきた9, 10)。
この分光全放射束標準LEDは,可視波長全域をカバーするスペクトルを持つが,LED照明の登場により測定ニーズが増加した前面にのみ光を放射する光源の全光束評価(積分球の壁面に設置して測定する)に最適となるように設計されているため,既存の標準電球を代替するものではない。そこで今回,分光全放射束標準LEDなどの開発で得られた基盤技術をもとに,標準電球を代替するLEDを用いた光源として,可視波長全域の光を全方向に均等に放射する,全方向形標準LEDの開発を行った。