2. EOポリマーの転写技術
EOポリマーが2次非線形光学効果を発揮するためには,EOポリマー中に含まれるEO分子を配向させるポーリングと呼ばれるプロセスが必須である。そのため,従来のEOポリマーを用いたデバイス作製プロセスでは, EOポリマー層と導電性のクラッド層,およびポーリング電極が配置されたデバイス構造を先に作製し,電極間に電圧を印加することでEOポリマーのポーリングが行われていた。
しかしながら,この方法では,ポーリング電極の配置に自由度がないなどデバイス構造に制約があることに加え,導電性クラッド材料によるテラヘルツ波の吸収損失などの問題があり,高効率かつ低損失なデバイス作製が困難であった。著者らは,予めポーリングを行ったEOポリマー膜を材料基板上へ転写するという独自のプロセス技術を開発し,EOポリマーを用いたテラヘルツデバイスの作製を可能にしている7)。
図2に転写法によるデバイス作製プロセスの概要を示している。まず,下部電極上にEOポリマー溶液を塗布し,熱アニール処理後,上部電極の形成を行った。その後,EOポリマーをガラス転移温度付近まで加熱した状態で電極間に電圧を印加することでポーリングを行った。さらに,上部電極を除去し,COP基板上へEOポリマー膜を転写・接合した。この方法を用いることで,従来方法では作製が困難であったCOPとEOポリマーを組み合わせたデバイスの作製が可能となった。
3. 無線-光信号変換デバイス
無線信号から光信号への直接変換を行う無線-光信号変換デバイスとして,300 GHz帯9)および60 GHz帯10)プラズモニック導波路型EOポリマー光変調デバイス,36 GHz帯ポリマー導波路型EOポリマー光変調デバイス11), 8.4 GHz 帯Si /EOポリマーハイブリッド光変調デバイス12),90 GHz帯13)および60 GHz帯14)ニオブ酸リチウム光変調デバイス,57.5 GHz帯半導体光変調デバイス15)などが報告されている。
これらのデバイスは,動作機構がシンプルであるとともに,外部電源不要,超低遅延であるなど,Beyond 5Gでの利用おいて多くの利点を有する。しかしながら,信号変換効率や高周波動作性,生産性などを全て満たすデバイスの開発は,未だ困難な状況にあるといえる。
著者らは,これらの課題の解決を目指し,EOポリマー膜の転写法を用いたパッチアンテナアレイを有するEOポリマー光変調デバイスの研究開発を進めている8)。図3に試作したWバンド帯(75-110 GHz)デバイスの模式図とデバイスの外観,顕微鏡画像を示している。
デバイスは,グラウンド電極と下部COPクラッド層,EOポリマー導波路,ギャップを有する金パッチアンテナアレイを含む構造となっており,パッチアンテナのギャップのエッジの直下にEOポリマー導波路が配置されている。デバイスの上部からWバンド帯電磁波が照射されると,ギャップ付近で電場が増強され,増強電場の垂直方向の電場成分によるEO効果によって導波路を伝搬する光の位相が変調される。
さらに,導波路に対して位置をシフトしたパッチアンテナを交互に配置することで,照射電磁波の「山」と「谷」の両方を利用できるようになり,光変調効率が向上する16)。
デバイス作製のため,Si基板上にグラウンド電極を形成し,その上に,COPからなる下部クラッド層を形成した。さらに,ポーリングを行ったEOポリマーを転写し,導波路加工と上部クラッドの形成後,パッチアンテナの形成を行った。透過型エリプソメトリー法17)で測定したEOポリマーの波長1.55 µmにおけるEO係数は36 pm/Vであった。
また,今回試作した長さ1 cmのデバイスを用いた場合の結合損失と伝搬損失の合計は15 dB程度であったが,デバイス加工条件の最適化により,結合損失は4 dB程度まで,伝搬損失は3 dB/cm程度まで改善可能である。
実験では,波長1.535 µmのレーザー光をデバイスに導入し,デバイス上部からWバンド帯電磁波を照射し,出力光を光スペクトラムアナライザーにより測定した。図4(a)に示すように,光スペクトラムにおいて照射電磁波の周波数に対応する位置に光変調サイドバンドが観測された8) 。
得られたキャリアサイドバンド比は56 dB得られたキャリアサイドバンド比は56 dBシフトに対応するものである。周波数特性を測定した結果を図4(b)に示している。3 dB帯域幅はおおよそ6 GHzであった。試作デバイスを用いることでWバンド帯電磁波照射による直接光変調が可能であること示された。本結果は,従来研究と比較しても,比較的高周波の電磁波を用いた直接光変調の実施例であるとともに,転写法を用いたデバイス作製は量産化に向けても有用であることから,EOポリマー導波路を用いた光変調デバイスは無線 ― 光信号変換デバイスとして有望であると考えている。
4. まとめと展望
EOポリマーの転写法を用いることで,パッチアンテナアレイを有するWバンド帯EOポリマー光変調デバイスを試作し,試作したデバイスを用いることでWバンド帯電磁波照射による直接光変調を示した。
今後の展望として,実際の無線通信に適用するためには,光変調効率のさらなる向上が必要であると考えられるため,デバイス構造と材料の面で改良を進めていく。転写法を用いたデバイス作製では,従来方法の場合と比較してデバイス構造の制約が少ないことから,設計による改良の余地は大きいと考えている。また,EOポリマー材料とポーリング方法を最適化することで,EO係数のさらなる向上も期待できる。
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■Senior Researcher, Advanced ICT Research Institute and Beyond 5G Research and Development Promotion Unit, National Institute of Information and Communications Technology (NICT)
(月刊OPTRONICS 2022年3月号)
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