3. 紫外レーザーとオゾンガスでつくる“オゾン回折格子”
図2には開発した実際のガス回折格子を示している。まず装置の左部で原料の酸素ガスからオゾンを生成しており,ここでは大気圧で効率的にオゾンが生成できる誘電体バリア放電の手法を利用している。生成されたオゾンと酸素の混合ガスは,次に図右部のガス流路に導入される。ガス流路にはその途中に矩形の開口部(0.6×1 cm)があり,ガスを閉じ込めるような窓がない状態となっているが,ガスが外部に漏れることのないようにガス流入速度と下流側で排気速度の調整を行っているため,この窓無し部でも一様な層流状態で,境界がシャープなガス層が出来上がっている。
オゾンガス層が生成できたのちには,2本の紫外レーザー(UV,6 ns pulse)をガス領域で干渉するように入射する。紫外レーザーの波長はKrFレーザー(248 nm)やNd:YAGレーザーの4倍高調波(266 nm)などのオゾンに対してよく吸収がある波長域に合わせる。紫外パルス光を照射し数十ナノ秒後には密度変調構造が最大となるので,そのタイミングで制御レーザー光を紫外レーザー光と同軸方向から入射すると効率的に回折できる。このオゾン回折格子の縞間隔は数µm程度であるが,これは2本の紫外レーザーの入射角を変更することで容易に変更することもできる。
この回折格子の典型的な性能を図3,図4に示した。図3は通常の光学素子でいう損傷閾値を測定した結果になる。この素子の損傷閾値とは,入射するレーザー光によって気体の絶縁破壊強度に達し,生成される自由電子によって望まない屈折率変化が生じることと定義した。要は,レーザーブレークダウンである。測定にはナノ秒のパルスレーザーを用いた。ここでは比較のために紫外レーザーを照射した状態でのオゾン混合酸素ガスの他,単なるオゾン混合酸素ガス,空気の閾値も示してある。
紫外レーザーの照射によってややオゾンガスの損傷閾値は下がるが,通常の固体光学素子と比較すると,およそ100倍もの耐力を持つことがわかった。損傷閾値は1.6 kJ/cm2という値にはなるが,通常の固体光学素子の損傷閾値とは良い意味で考え方が異なることに注意しておく必要がある。冒頭でも述べたように,通常の光学素子では,損傷閾値ぎりぎりのところで使用する方はいないはずである。システムの設計時には,損傷閾値に安全係数をかけて素子が壊れないようなレーザー照射強度を考えなければならない。
一方でこのガス素子の場合は,損傷閾値の限界まで使用でき,かつ損傷閾値を超えてしまったところでその瞬間は使えないだけで,閾値以下の照射強度になれば次の瞬間にはまた再生され使うことができる。まさに夢の光学素子ともいえる。
図4には,平均回折効率を示している。このオゾン回折格子は構造としては透過型の体積位相回折格子になるので,入射角の調整である特定の次数のみを選択的に回折させることができる。ここでは1次光の回折効率を測定しており,ガス厚みは5〜10 mm程度,制御レーザーには可視の波長532 nmを使用した。ちなみに,オゾンや酸素ガスは紫外領域に高い吸収係数をもつが,可視光や赤外光に対しては紫外に比較して4桁以上吸収係数は低下するので,数ミリメートル程度のガス厚みでは吸収による損失はほぼ無視できる。
図の横軸は照射する紫外レーザー強度を示しており,回折格子条件と制御レーザーの条件を最適化することで,おおよそ63 mJ/cm2の強度で平均回折効率96%に達することができた。エラーバーは回折効率のふらつきになるが,これも±4%と非常に安定していることも示された。図4右には,最大回折効率時の実際の1次回折効率を2次元マップで示している。この時,紫外レーザー光照射領域(0.4×0.6 mm2)のほぼ全域で高い効率で回折できていることがわかる。
さらに,回折後の波面についても測定を行っている。このガス回折格子に入射するレーザー光の波面精度が通常の光学素子程度のλ/10のとき,回折した波面は同じようにλ/10が維持されることもわかっている。これは入射光強度が低い場合だけでなく,損傷閾値と同等である場合であっても同じであり,詳しくは著者の論文を参考にされたい5)。