2. 半透明STO粉末光アノードの微視的構造・光学特性・光電気化学特性
TNS層を粉末のアンカー兼裏面導電層として用いたSTO粉末光アノード(STO / TNS / ITO)の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を図3(a)に示す。
球状のSTO微粒子がほぼ単粒子層の状態で,厚さ約50 ~100 nm程度のTNS層上に結着している構造が観察できた。ほぼ単粒子層の光触媒粉末が基板上に堆積している構造は,PT法によって作製した光電極に類似しており,光触媒粉末間の粒界抵抗の低減,及び光透過性の向上に寄与すると期待できる。
実際,STO / TNS / ITOは,光触媒粉末越しでも基板の裏側の文字が視認できる程度の半透明性を有していた(図3(b))。STO / TNS / ITOは,波長400 nmよりも短波長域ではSTOのバンドギャップ励起に起因する光吸収を示したが,可視域の全透過率(正透過率と拡散透過率の和)は60%程度と比較的高い値を示した(図3(c))。
正透過率が10 ~20%程度と低いことから,数百nmオーダーのSTO微粒子による光の散乱が強いものと思われる。従って,今後光透過性の更なる向上には,光触媒粉末の粒径の減少による正透過率の改善がひとつのアプローチになる。もしくは,例えばタンデムセル構築時のトップセル(半透明光アノード)とボトムセル(光カソード)間の距離の制御など,デバイス構造のデザインによっても入射光の利用効率の向上を図ることは可能ではないかと考えられる。
STO粉末から作製した種々の光アノードの,キセノンランプ照射下での光電気化学特性を図4(a)にまとめる。
PT法で作製した光電極(STO /Ta /Ti),ITO/ガラス上にSTOを多層に堆積させた光電極(STO / ITO),及びITO/ガラス上にTNSのみを塗布した光電極(TNS /ITO)を比較として評価した。PT法で粉末STO光電極を作製する際,裏面導電層としてタンタルとチタンをスパ ッタリング法によって製膜した。
一般的な(光を使わない)酸素生成用電極触媒の場合,1.23 Vvs. 可逆水素電極(VRHE)よりも貴な電位においてのみ,水の酸化に起因する酸化電流が観測可能である(酸化電流は符号を正で記す)。光アノードでは,1.23 VRHEよりも卑な電位においても光照射下で酸化電流が見られる。水/酸素の平衡電位よりも卑な電位,すなわち熱力学的に本来は反応が進行しない電位域において,光照射下でのみ得られる酸化電流こそが「光のエネルギーを用いて水を分解している」電流に相当する。
酸化的な光電流の開始電位(オンセット電位)がより卑であり,かつより高い酸化的光電流を示す光アノードを“高活性”と評価することが出来る。半透明STO / TNS / ITO光アノードは,約-0.17 VRHEから光応答を示し,1.23 VRHEの印加電位で3.8 mA cm-2という比較的良好な特性を示した。
STO / TNS / ITOのオンセット電位はPT法で作製した光電極とほぼ同程度であり,光電流値はSTO/Ta/Tiの75%程度に相当する。光電流値そのものはSTO /Ta /Tiが最も高いが,PT電極は光透過性を示さないため,タンデムセルのトップセルとして用いることは出来ない。TNS / ITO及びSTO / ITOの光電気化学特性は極めて低かった。
興味深いことに, STO / TNS / ITOの光電気化学特性は,TNS / ITO及びSTO /ITOの単純な和よりも大幅に高いものであった。SEM観察から確認された,「ほぼ単粒子層のSTO微粒子がTNS層上に結着した粒界抵抗の少ない構造」が,高い光電気化学特性の一因と考えられる。
STO / TNS / ITO光アノードの外部量子効率の波長依存性(Incident-photon-to-current conversion efficiency;IPCE spectrum)を図4(b)に示す。
IPCEスペクトルは波長約400 nm程度から立ち上がっており,STOの吸収端波長と良い一致を示した。光電流がSTOのバンドギャップ励起によって得られていることを示している。
本稿では詳細は割愛するが,BiVO4のような他の可視光応答型粉末光触媒を用いても,類似の電極構造を構築可能であることを確認している(可視光応答材料の光電気化学特性にはまだ大幅に改善の余地が残っている)。
TNS層を粉末のアンカー兼裏面導電層として用いる本手法は,真空プロセスなしで,どのような光触媒粉末材料からでも,良好な光電気化学特性と半透明性を両立した粉末光アノードを作製可能な汎用的な手法になり得ると期待できる。