3. ニードルスポット走査型のレーザー顕微鏡システム
対物レンズの瞳面で円環状の振幅マスクを用いると,その円環の幅や直径に応じて焦点での集光スポットが光軸方向に伸びることはよく知られている。円環幅が無限小の極限においては,非回折な伝搬特性を持つベッセルビームが焦点に形成され,理論的な焦点深度は無限大となる。
この場合には,光の透過率はゼロとなるために,無限大の焦点深度を得ることは不可能であるが,有限の円環幅を持つ振幅マスクでも通常の集光スポットに対して数十倍を超える焦点深度の擬似的なベッセルビームを形成することは十分可能である。一方で,ベッセルビームはベッセル関数で表される振幅分布を持つため,長い焦点深度と引き換えに,中央のメインピークの周りに数多くのサイドローブを伴った強度分布を示す。
このため,通常の可視光を用いたレーザー走査型の蛍光イメージングにおいてベッセルビームを励起光とすると,サイドロ ーブが背景ノイズとして現れ,画像品質が低下する。しかしながら,近赤外の超短パルスレーザー光を用いた2光子励起イメージングでは,蛍光分子に対する励起確率は焦点での励起光強度分布の2乗に比例し,ベッセルビームのメインピークで強く生ずる。
結果的に,イメージングにおける実効的な点像分布関数(PSF)ではサイドローブの影響が大きく低減され,中央のメインピークのみによるニードル状の強度分布となる(図2右側の枠で囲まれた挿入図)。本研究では,波長1040 nmのフェムト秒パルスレーザーを2光子励起光源として使用した。
顕微鏡光学系において,対物レンズの瞳面と共役な位置に液晶素子による反射型空間光変調器を設置して,入射レーザー光を円環状の強度分布となるようにビーム整形を行った。
前述したように,焦点に形成されるニードル状PSFの焦点深度と面内方向のサイズは,集光する円環ビームの対物レンズの瞳面における直径と幅によって制御することができる。例として,NA = 1.15の水浸対物レンズ(NAは開口数)において,瞳面における円環サイズを瞳直径に対して内径0.67,外径0.72とすると焦点深度(半値全幅でのサイズ)が約15 µ mとなるニードル状の2光子励起PSFが得られる(図2に概念的に示した円環マスクでは円環幅を大きく描画している)。
ただし,本実験では面内方向のスポットサイズが平面波を集光した場合の通常のPSFと同程度(0.36 µ m)となるように円環マスクを設計した。また,本条件における通常の2光子励起PSFの光軸方向のサイズは約1 µ mであるため,この円環ビーム集光によって,15倍の焦点深度を持つニードル状PSFを形成することが可能となる。
ニードルスポットの各走査点に対して,蛍光信号はダイクロイックミラーによって励起光と分離され,検出側光路へと導光される。その後,対物レンズの瞳をリレーした位置で別の液晶空間光変調器を用いて蛍光信号をエアリービームに変換し,像面での強度分布を2次元の高感度検出器(EMCCD)により記録した。
この時,像面においてエアリービームが面内方向にシフトする方向(図2中のH方向)が試料の深さ方向に対応する。ただし,通常のエアリービームは,像面に対して対称な放物線型の軌跡を示す自己湾曲伝搬特性を示し,さらにエアリービーム自身が持つサイドローブの影響13)についても留意する必要がある。
本システムでは,これらの特性を考慮しながら振幅・位相変調波面を設計した上で,予め発光点の深さ方向と像面での面内方向に対するキャリブレ ーションを行った。これらによって,試料の深さ方向の情報を像面における1次元方向の強度分布から直接取得することが可能となる。
4. ニードルスポット2次元走査から実現する3次元イメージング
本イメージングシステムを用いて,実際に3次元イメ ージングを行った結果を示す。3次元イメージング特性を検証するために,まずはアガロースゲル中に固定した直径200 nmの孤立蛍光ビーズを測定試料とした。中心波長560 nmの蛍光信号に対して,エアリービームに変換した蛍光信号の像面での強度分布を各走査点において記録し,像面での面内方向の強度分布から3次元の画像構築を行った。
図3(a)は,焦点深度15 µ mのニードルスポットを用いて試料面の2次元範囲(15 µ m×15 µ m)に対して1回の2次元走査から構築した3次元画像であり,z方向(図3上段)およびy方向(図3下段)に対する最大値投影(MIP)法により表示した結果を示している。図3(b)は,通常のガウスビームを用いた2光子励起イメージング法による結果であり,同領域についてz方向に12 µ mの深さ範囲を逐次移動しながら50 枚の画像取得によるスタック画像から3次元像を構築した。
図3の結果が示すように,本イメージング法を用いることで,アガロースゲル中に分布した蛍光ビーズについて,その3次元的な配置をニードルスポットの1回の2次元走査のみから従来のイメージング法と同様に可視化できることがわかった。
各深さにおける孤立蛍光ビーズ像の面内および深さ方向に対するサイズ計測(半値全幅)から本イメージング法の空間分解能を評価したところ,面内方向には400 nm程度であり,通常のガウスビームを用いた従来法と同程度であった。本イメージング法における面内方向の空間分解能は,照射するニードルスポットの面内サイズに強く依存する。本システムでは従来法と同じPSFサイズとなるように円環マスクを設計していることから,従来法と同様の面内空間分解能が得られた。
一方で,深さ方向には深さ位置に依存してビーズサイズが1.5-3 µ m程度となり,従来法(~1.5 µ m)と比べて同程度から2倍程度増大した。前述したように,本イメージング法において深さ方向の情報抽出は,エアリービームの面内シフト性(自己湾曲伝搬特性)によって実現する。一方で,エアリービームは伝搬に対して放物線型の非線形な面内シフト特性を持つために,本実験で見られたような深さ位置依存的な空間分解能を示す特徴を持つ。
次に,本イメージング法を用いて生体試料を観察した例を図4に示す。図4はカバーガラス下に固定したCOS-7細胞についてアクチンを蛍光染色した試料の観察結果である。図4(a)は1回のニードル走査から得られた3次元像についてz = 0 µ m(カバーガラス表面に対応)の位置での2次元像を示しており,図4(b)は図4(a)の破線を通るxz断面像である。また,同領域について,同様にガウスビームを用いた従来イメージング法(画像スタック)から構築した断面像を図4(c)に示す。これらの結果から,本イメージング法を用いることで,1細胞全体の3次元的な構造や厚みが従来法と比べて遜色なく可視化されていることがわかる。
本イメージング法は,波長1 µm帯での2光子励起イメ ージング系においてNA = 1.15の水浸対物レンズを用いた観察条件においては,10 µ mの深さ範囲を従来法と同程度の空間分解能で一挙に可視化できることがわかった。つまり,図4のような細胞試料に対しては十分なイメージング性能を示しており,観察面を移動することなく3次元的な構造や動体を瞬時に可視化出来るポテンシャルを有しているといえる。
本原理によって可視化可能な深さ範囲は,照射するニードルスポットの焦点深度に加えて,エアリービームの伝搬特性が重要な決定因子となる。蛍光信号に対する波面制御によって,より大きな深さ範囲でより強く面内方向にシフトする(曲がる)エアリービームに変換することは原理的には可能と考えられるが,エアリービームの伝搬特性によって検出面での像サイズの増大とピーク強度の低下を伴うため,可視化可能な深さ範囲と信号強度・空間分解能にはトレードオフの関係が生ずることに留意する必要がある。
一方で,より深い範囲をより高精度・高空間分解能に可視化する新たな試みとして,計算機合成ホログラム(CGH)の原理に基づく波面制御のアプローチ14)についても現在取り組んでいる。本イメージング法の原理に従えば,深さ方向の情報抽出のためには,像面において線形に面内シフトするPSF特性が最も適している。
このような伝搬特性を持つPSFを蛍光信号に付与するで,キャリブレーションの必要が無く,また任意の深さ範囲に対して3次元画像構築が可能になるものと考えている。さらに,高速な検出器アレイと組み合わせることで,レーザー走査型顕微鏡のフレームワークをそのままに,ニードルスポット走査によってビデオレートでの3次元蛍光イメージングの実現が期待される。