2. 有機 – 無機ハイブリッドキラル結晶薄膜の作製
円偏光を直接検出するため,ハロゲン化鉛ペロブスカイトからなる無機層あるいは鎖状構造に有機キラル分子を導入し,系全体にキラル配向構造を誘起した光導電性薄膜を構築した。ハロゲン化鉛ペロブスカイトは,近年,シリコンに変わる次世代太陽電池材料として最も期待されている材料の一つであり,高い光吸収能・高いキャリア輸送性・湿式プロセスによる成膜が可能,などといった光電変換材料として優れた特性を有する12)。
一方,高い光電変換特性を示すものの,ペロブスカイト自身はキラリティ(右手と左手のように重ね合わせることができない掌性)を持たないことから,円偏光を識別することはできない。これに対し,著者らは,ペロブスカイト型構造の形成を有機キラル分子で制御することで,系全体に大きなキラリティを誘起することに成功した。
有機キラル分子には,R-(+)-およびS-(-)-1-(1-ナフチル)エチルアミン(以下,R-NEA+およびS-NEA+)を用いた。PbI2はR-およびS-NEA+と反応させることで,(PbI6)4- からなる八面体構造が連結した無機層((R- or S-NEA)2PbI4)あるいは鎖状構造((R- or S-NEA)PbI3)の低次元キラル結晶薄膜を形成する。XRD測定およびRietveld法を用いた構造解析の結果,層状構造では(PbI6 )4- が頂点を共有した二次元シートを形成し,そのシート間にR-NEA+あるいはS-NEA+が配列した構造であることが明らかとなった(図3(a))。
鎖状構造の場合,(PbI6 )4- が面を共有し,らせん状の一次元鎖を形成する(図3(b))。さらに2次元XRD測定から,層状構造では(PbI6 )4-層が基板と平行に強く配向しており,鎖状構造では鎖が基板に対し斜めに配向していることがわかった。鎖状構造のらせん軸の向きは,素子の導電方向と一致する。
図4は,二次元および一次元結晶薄膜の円偏光二色性(CD)吸収スペクトルである。CDとは,キラリティを有する物質の吸収波長領域において,左右に回転する円偏光の吸収の度合が異なる現象を示す。RとS体を用いた場合で,両構造とも左右反転したCDスペクトルが得られており,ハイブリッド構造においてもキラリティが保持されていることが確認された。二次元シート構造では, 500 nm付近に一般的な有機キラル分子よりも数十倍強い円二色性(CD)信号を示す。
鎖状(一次元)構造体では,さらに強いらせん性(キラリティ)が誘起され,二次元構造体よりも二桁大きい3000 mdegを超えるCD信号強度が得られた。すなわち,無機結晶に有機キラル分子との強い相互作用を促し,系全体に強いキラリティを誘起する本手法により作成された有機-無機ハイブリッドキラル薄膜は,その光吸収特性により,非常に高い感度で円偏光成分を識別することが可能である。
3. 円偏光検出素子の開発
強いCD信号強度を有する鎖状(一次元)薄膜を用い,円偏光検出素子を作製した(図5)。図6は左右の円偏光を照射した際の光応答の結果である。R体を用いた素子に円偏光を照射すると,左回り円偏光(LCP)に対して,右回り円偏光(RCP)よりも強い応答を示し,高い光電変換特性が得られた。
本系ではPbとIからなる無機鎖状構造が高い導電性を有することから,LCPを照射した際の光電変換率(EQE)および感度(R)は,87.5%および0.28 AW-1と非常に高い。これに対し,RCPを照射した場合,効率および感度ともに著しく減少する(EQE = 3.4%, R = 0.011 AW-1)。らせんの向きが逆方向のS体を用いた素子では,照射する円偏光方向に対し逆の傾向が観測された。すなわち,らせん性を有する鎖状構造を有する結晶性薄膜を光検出層として用いることで,右あるいは左円偏光を選択的に検出することに成功した。
円偏光の検出能を示す消光比(左右円偏光の検出感度の比,RLCP/RRCP)は25.4となり,円偏光を直接検出する素子としては最高値を達成した。この円偏光に対する高い感度と消光比は,強い円偏光吸収特性とらせん軸の導電方向との一致によるものと考えられる。本成果は,円偏光を検出する素子として,フィルターの有無にかかわらず,これまで報告されている素子の性能を大きく上回る結果である。