Mie共鳴により発色するナノ粒子カラーインクの創製

4. Mie共鳴により発色するシリコンナノ粒子インク

図3 シリコンナノ粒子の作製方法。
図3 シリコンナノ粒子の作製方法。

このようなMie共鳴を示す粒子の分散溶液(インク)を形成することで,塗布・印刷可能な構造発色インク色材を実現できる可能性がある。これまでは,電子ビームリソグラフィーなどの微細加工技術によってMie共鳴を示す結晶Siのナノ構造が作製されてきた。しかしながら,微細加工技術を用いた方法では大面積の基材に着色することは不可能である。一方,金や銀ナノ粒子の場合は,サイズ・形状を高精度に制御したコロイドナノ粒子が市販されており,インクとしての利用が研究されている。我々のグループでは,Siナノ粒子のコロイドの開発7~9)と,それをMie共鳴により発色するインクとして利用する技術の開発を行っている(図38)

一酸化ケイ素(SiO)を不活性ガス中で高温熱処理すると,不均化によりSiとSiO2に分解する。これを利用し,Siの融点(1414℃)より高い温度で熱処理することで,SiO2粉末中に結晶Siの球状ナノ粒子が形成できることを見出した。フッ化水素酸によりSiO2 を溶解し,Si 粒子のみを取り出すことで,任意の溶媒に粒子が分散したコロイド溶液を形成できる。走査型電子顕微鏡像より,直径100 ~300 nm程度の真球のSiナノ粒子が成長していることがわかる。尚,ナノ粒子は結晶性のSiであることを電子線回折像により確認している。

図4 (a)単一シリコンナノ粒子の後方散乱スペクトルと散乱イメージ,(b)散乱スペクトルから求めた単一Si粒子の色空間の実験・計算結果8)。
図4 (a)単一シリコンナノ粒子の後方散乱スペクトルと散乱イメージ,(b)散乱スペクトルから求めた単一Si粒子の色空間の実験・計算結果8)

図4(a)は作製したSiナノ粒子の単一ナノ粒子散乱分光の測定結果である。ガラス基板上に置かれた粒径105~200 nm のSiナノ粒子の(成長温度:1450ºC)の(後方)散乱スペクトルと対応する散乱イメージを示している。 Siナノ粒子の直径により散乱色が変化していることがわかる。灰色の破線は,Mie理論により計算した後方散乱スペクトルも示している。Siナノ粒子の高い真球度と結晶性により,実験と計算は非常によく一致している8, 10)。 Siナノ粒子の散乱色を評価するために,散乱スペクトルをCIE1931色空間に変換したものを図4(b)に示す。100~220 nmのサイズ範囲のSiナノ粒子は,可視範囲の広い範囲をカバーしていることがわかる。

粒径制御により可視光全域での発色が可能である一方,ナノ粒子の粒径分布の拡がりは彩度を低下させる要因になる。図3のSiナノ粒子は粒径分布(標準偏差/平均粒径)が約30%であり,単色の散乱は見られない。本研究では,生化学分野で用いられる密度勾配遠心法によりSiナノ粒子の粒径を分離し,特定の波長を散乱する粒子だけを回収する技術を開発した。密度制御した高粘性のスクロース溶液の上に低粘性溶媒に分散したSiナノ粒子を積層し,所定の条件で遠心処理を行うことで,粒径分離された溶液の層を形成する。上部から溶液を分収し,分離された試料溶液(F1~F7)を得た。

図5(a)に粒径分離後の溶液の写真を示す。写真は溶液下部から白色光を照射し,正面から撮影した。青から橙色で異なる散乱色を示すSiナノ粒子インクが作製されている。図5(b)の電子顕微鏡観察に示すように非常に粒系分布の小さいことがわかる。F1~7において粒径分布は6~15%であり,平均粒径制御と粒径分布の大幅な低減に成功した。図5(c)にF1~9の溶液の拡散反射スペクトルを示す。Mie共鳴による散乱ピーク波長が450 ~800 nmの範囲で変化している。

図5 (a)粒径分離したSiナノ粒子インクの写真,(b)TEM像,(c)反射スペクトルおよび(d)色空間8)。
図5 (a)粒径分離したSiナノ粒子インクの写真,(b)TEM像,(c)反射スペクトルおよび(d)色空間8)

図5(d)では,これらのスペクトルを色空間に変換し,xy色度図に示している。参考のため,計算で得られた単一ナノ粒子の結果を示す。単一粒子に比べて彩度は劣るものの,Siナノ粒子の粒径を制御するだけで,広い色域をカバーするインクが実現されている。

次に,インクの塗布による基板への着色技術について紹介する。構造色インクの既存技術に対するアドバンテ ージは,「塗る」だけで,大面積に着色可能な点である。しかしながら,Mie共鳴は散乱波長が構造の形状にも依存するため,粒子同士が接すると,散乱特性が大きく変化する。構造色インクを塗布し,基板に着色する際には,ナノ粒子を間隔を保った状態で配置する必要がある。ここでは,ポリマー膜中にSiナノ粒子を均一に分散したコンポジット膜形成の技術を紹介する(図6(a))。

青,緑,黄,橙色に発色する4種のSiナノ粒子インク(アルコールもしくは水溶媒)にポリビニルピロリドン(PVP)を少量溶解し,混合溶液をガラス基板上に滴下・乾燥させた。図6(b)~(e)中の写真より溶媒の蒸発後,ガラス基板がインクと同じ色彩で発色することが確認できる。反射スペクトルは,「塗る」と「乾かす」のみで着色可能な構造色インクの開発に成功したことを示している。この技術は高温処理を必要としないため,多様なフレキシブル基板への適用が可能である。図6(f),(g)に示すようにPET基板上でも鮮やかに発色し,曲げや観察角度に依存しない発色が実現されている。

5. まとめ

図6 (a)PVPバインダー中に埋め込まれたSiナノ粒子の模式図。(b)~(e)異なる発色のインク及び塗布後のガラス基板の反射スペクトル。(f),(g)PET基板上に塗布したSiナノ粒子インクの写真8)。
図6 (a)PVPバインダー中に埋め込まれたSiナノ粒子の模式図。(b)~(e)異なる発色のインク及び塗布後のガラス基板の反射スペクトル。(f),(g)PET基板上に塗布したSiナノ粒子インクの写真8)

本研究で開発したSi ナノ粒子構造色インクの特徴は,(i)吸収ではなく,光散乱により発色する,(ii)従来の構造色とは異なり,単一ナノ粒子が発色源である,という点である。また,結晶Siで形成されているため,熱や光,腐食に強く,物理的・化学的に安定な発色材料である。インク化に成功したことで,塗布やインクジェット印刷プロセスが適応可能である。また,染料や顔料だけでなく,外場によりナノ粒子を能動的に動かし,色彩を制御する技術と組み合わせることで,カラー電子ペーパーなどのディスプレイデバイスへの応用展開が期待できる。

Mie共鳴による「フルカラー」構造色インクの実現には,いくつかの課題もある。Mie散乱では,赤色波長域に磁気双極子共鳴を有する比較的大きい粒子では,青色波長領域に電気双極子共鳴や多極子共鳴による散乱が存在する。そのため,球状のSiナノ粒子で高純度の赤色を実現するのは困難である。今後,材料開発を推し進め, Mie共鳴による発色する次世代インクの用途展開を引き続き開拓する。

参考文献
1) A. Kristensen, J. K. W. Yang, S. I. Bozhevolnyi, S. Link, P. Nordlander, N. J. Halas and N. A. Mortensen, Nat. Rev. Mater. 2, 16088 (2017).
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3) J. Proust, F. Bedu, B. Gallas, I. Ozerov and N. Bonod, ACS Nano 10, 7761 (2016).
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8) H. Sugimoto, T. Okazaki and M. Fujii, Adv. Opt. Mater. 8, 2000033 (2020).
9) T. Hinamoto, S. Hotta, H. Sugimoto and M. Fujii, Nano Lett. 20, 7737 (2020).
10)H. Sugimoto, T. Hinamoto and M. Fujii, Adv. Opt. Mater. 7, 1900591 (2019).

■Structural color inks composed of Mie resonator nanoparticles
■Hiroshi Sugimoto

■Assistant Professor, Department of Electrical and Electronic Engineering, Graduate School of Engineering, Kobe University

スギモト ヒロシ
所属:神戸大学 大学院工学研究科 電気電子工学専攻 助教

(月刊OPTRONICS 2021年2月号)

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