1. はじめに
本稿では,電界処理を用いて透明なガラス内へ光情報を「見えないように」記録する技術と,その記録をガラス表面に構造化して「可視化」する技術について紹介する。光記録や光情報記録というと,カメラにおける感光フィルムやCCDへの露光,レーザーを用いた微細加工,銀塩感光材料やフォトポリマーへのホログラフィックな光情報記録などが想像される。光により記録する場合,記録媒質には照射光の強度や波長,偏光に対する感度(感光性)が必要となる。透明な材料は,一般的に可視波長域の光に対する感度を有しておらず,従来の光記録技術では直接情報を記録することは困難であった。
ガラスへの光記録・微細加工法には,光学分野,材料分野問わず多くの研究が行われてきた。代表的な技術としては,記録光源にフェムト秒レーザーを用い,ガラス内で集光するプロセスが挙げられる1)。その他に,ガラス自体に感光性を持たせるためのイオンドープ法等も報告されている。ガラス表面への微細構造形成法としては,ドライエッチングによる微細加工法や,高温環境下でのナノインプリント法なども報告されてきた2)。
我々は,これまでに電界処理を用いることで,可視波長域の光情報をガラスに記録できる現象を実験的に発見し,そのメカニズムの解明や応用技術の研究を行ってきた3)。本稿では,その内容について簡単に紹介する。
2. 光と電界によるガラスへの光情報記録
我々が研究しているガラスへの光情報記録方法では,光源として可視波長域の一般的なCW(continuous wave)レーザーを用いる点,記録材料として用いるガラスは一般的な不純物を含んだ安価なガラスであるという2点が大きな特徴となる。
図1に本技術の実験手順を示す。まず初めに,感光性を有する材料をガラス上に製膜する(図1(a))。その後,可視波長域のレーザーを用いて感光性材料へ露光を行い,その波長や振幅,位相に応じた光情報を記録する(図1(b))。この時,光情報は感光性材料の表面形状変化として記録される必要があるため,用いる感光性材料としては,例えばアゾポリマーのように光誘起表面レリーフを形成可能な材料が適している。その後,サンプルに向けて電界を印加することで,表面形状として感光性材料上に記録されていた光情報が,ガラス基板内に転写記録される(図1(c))。最後に,ガラス上から感光性材料を溶剤などで除去することで,光情報が記録されたガラスが出来上がる(図1(d))。
本技術により,ガラス内に光情報が転写記録される原理を図2に示す。初めに可視光により感光性材料へ光情報を記録したが,これは,ガラスへ転写記録する情報のテンプレートの役割を有する。ガラスへの情報記録に用いる電界処理には,コロナ放電と呼ばれる放電現象を用いる。これは,針のような鋭角な電極と対向する平板電極間へ電圧を印加することで発生する不平等電界において,鋭角な電極先端から生じる微弱な放電現象である。感光性材料により作製した構造テンプレートは,その形状に応じて電界処理によるガラスへの影響を部分的に防ぐ。ガラス内に含有されているNa+のようなアルカリ金属イオンは,電界処理によりアノード側からカソード側へ向けて移動するため,本技術では構造テンプレートの形状にあわせたアルカリ金属イオンの移動が生じ,結果としてテンプレートの構造にあわせたアルカリ欠乏領域が形成される。このガラス内に形成されるアルカリ欠乏領域が,本技術によりガラス内に記録される情報の基となる。
本技術によりガラス内にアルカリ欠乏領域として記録された情報はとても安定しており,500℃の加熱や紫外線の照射,高湿度下でも劣化は見られない。アルカリ欠乏領域が形成されたガラスの表面は,ほぼ形状変化は起こらず,透過スペクトルにも大きな変化は生じない。一方で,ガラス内でアルカリ金属イオンが欠乏した領域では,屈折率がごくわずかに低下する。したがって,透明なガラスに記録された光情報は,一見目に見えない情報としてガラス内に記録することができる。