シースルーなプロジェクション型ライトフィールドディスプレイ

1. 多様化するディスプレイ

近年,AR(拡張現実)やVR(仮想現実)といった表示方法がさまざまな分野で活用され始め,スマートグラスやヘッドアップディスプレイ,ヘッドマウントディスプレイといったディスプレイ技術の多様化が進んでいる。それに伴い,4Kや8Kといった映像の解像度だけでなく,立体映像表示,画面サイズがスケーラブルなプロジェクション型,背景に映像を重畳することでAR表示を実現するシースルー性,モビリティ/ウェアラブルを実現するコンパクトかつ軽量な光学設計,インタラクション操作を可能にするユーザーインターフェースなど,さまざまな機能が求められるようになってきた。

2. ホログラフィック光学素子を用いたシースルーなAR表示

図1 AR表示が可能なディスプレイの製品例
図1 AR表示が可能なディスプレイの製品例

シースルーでAR表示が可能なディスプレイという観点で市場を見渡すと,ハーフミラーやホログラフィック光学素子を巧みに組み込んだスマートグラスやLEDが配列したブレードを回転させることで映像を空中に表示する技術,コーナーリフレクターアレイや再帰性反射スクリーン等を用いて背面のディスプレイを空中に結像するディスプレイなどが各社から製品化されている(図1)。

「シースルー」なディスプレイ設計を実現する上でポイントとなるのが,背景を透過しつつ,表示したい映像光を導光・反射してユーザーまで届ける機能を持つスクリーンや媒体である。このような機能は,ハーフミラーを用いることで安価に実現することができるが,背景光,映像光ともに光量が落ちるため,効率よく背景光と映像を重畳できる方法が望まれる。

反射型のホログラフィック光学素子(HOE)をスクリーンとして用いることで,背景光の高い透過率と,映像光の高い反射率を備えた機能を実現できる可能性がある。HOEは,光学機能をホログラムとして記録した回折光学素子の一種である1)。通常HOEは,コヒーレントな物体光と参照光を干渉させて生じた干渉縞を感光材料に屈折率分布として記録することで作製する。記録したHOEに参照光と同等の光を照射すると,ホログラムの原理にもとづいて記録時の物体光と同等の波面が再生される。そのため,例えばレンズや凹面鏡,ディフューザーといった光学素子で変調された光を物体光として記録することで,記録時の波長の光において同等の機能を1枚のHOEで実現することができる。記録材料には,銀塩感材や重クロムゼラチンが用いられることもあるが,湿式処理を要さないといった利便性から,近年はフォトポリマー材料が使われることが多い。

図2 AR表示に適した反射型HOEの波長選択性
図2 AR表示に適した反射型HOEの波長選択性

ホログラフィック光学素子の特徴の一つに,記録時の波長の光にだけ作用する波長選択性がある(図2)。これは,特に反射型ホログラフィック光学素子に強く発現する特徴で,記録時に使用した波長付近の光のみが再生時にブラッグ条件を満たし,回折が生じることに起因する。そのため,記録再生に寄与しない波長帯の光はそのままHOEを透過し,結果的にハーフミラーと比べて背景光の高い透過率と,映像光の高い反射率を両立することが可能になる。

本稿では,反射型ホログラフィック光学素子に複数の機能を持たせることで,一見して透明な一枚のフィルムと一般的なプロジェクターというシンプルな構成でありながら,「シースルー」,「プロジェクション型」,「ライトフィールド」といった機能を同時に併せ持つディスプレイの開発例を紹介する。なお「ライトフィールド」とは,元はM. Levoyらが提案した,光線の場を4次元の関数で定義する記述方法2)を指すが,ここではディスプレイ分野で一般的に認知されている“高密度な光線の再現による立体映像表示が可能”な技術を指す言葉として用いている。

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