4. 広帯域光音響顕微鏡
既存の光音響顕微鏡は単波長もしくは複数波長であっても比較的近い波長が用いられてきた。例えば前述の800 nm前後の波長が用いられる酸化・還元ヘモグロビンを対象とした血管イメージングであったり,血管とインドシアニングリーンリンパ管造影である。しかし,今後は生体計測においても,非破壊検査においても,様々な物質を計測対象とする機会が増え,100 nm以上の離れた複数波長を用いた計測が行われると見込まれる。そういった場合,既存の光音響顕微鏡では光学部品の屈折率の波長依存性に起因した集光領域の位置変化が生じ,計測に不都合が生じることがわかってきた。そこで我々は集光特性が波長に依存しない光音響顕微鏡光学系を設計した21, 22)。
図6は既存光音響顕微鏡光学系23〜28),図7は我々が提案している広帯域光音響顕微鏡光学系21, 22)である。レーザーから出射された光パルスは光ファイバを通じて光音響顕微鏡に導入される。観測領域からの超音波信号を効率的に受信するためには光照射領域直上に超音波探触子を配置する必要がある。そのため,光ファイバから出射された光パルスは,コリメータレンズを用いて平行光にした後,超音波探触子が配置されている中心部の光量を落とすためにコニカルレンズを用いてドーナツ状ビームに整形される。その後,超音波探触子直下で強く光音響波が発生するように,コンデンサプリズムを用いて集光させる。この既存光学系においては,レンズやプリズムなどの透過光学系があるため,光波長が変わった場合には屈折率の波長依存性の影響を受け,サンプル内における集光深さにずれが発生してしまう。つまり,特定物質のイメージングを行うために複数波長を用いた場合,それぞれの波長で観察領域が異なってしまい,正確にイメージングを行うことができない。
一方,我々が提案している広帯域光音響顕微鏡光学系(図7)においては,コリメータレンズの代わりに非軸放物面ミラーを用いており,平行光への変換における波長依存性を無くしている。また,前述の通り,効率的な超音波受信のためにドーナツ状ビームに整形する必要があり,既存光学系同様にコニカルレンズを用いるが,二つのコニカルレンズを対向して配置している。これにより,波長が変わった場合にビーム径は変化するが,拡がり角は変化しないドーナツ状ビームに整形することができる。最後に計測対象への集光に放物面ミラーを用いることで,ビーム径が異なっていても同じ一点に集光することができるため,光学系全体で波長依存性がない広帯域光源に対応した光音響顕微鏡を実現することが可能となった。
図8は既存光音響顕微鏡光学系,図9は広帯域光音響顕微鏡光学系における模擬サンプル内の光線追跡光吸収シミュレーション結果を示している22)。レーザー光は上方から入射しており,縦軸は模擬サンプル表面からの距離をあらわす。また,模擬サンプル内では吸収と散乱をシミュレーションしている。散乱された光が次に散乱が起こるまでに直進する距離である平均自由行程は0.1 mm,散乱した際の散乱角の確率密度関数を近似したHenyey-Greenstein位相関数における異方散乱パラメーターは0.97とした。また,吸収係数は血液体積比を0.002,酸化飽和度を0.75,水分体積比を0.65,脂肪体積比を0.05としたときの文献値29)を用いた。既存光音響顕微鏡光学系では,波長の変化に伴い集光深さも変化してしまっている。一方,広帯域光音響顕微鏡光学系においては,波長に依存せずに集光深さはほぼ一定である。さらに既存光音響顕微鏡光学系では,散乱特性によっても集光深さに変化が生じるが,広帯域光音響顕微鏡光学系においては放物面ミラーによって一点に集光されているため,散乱特性が異なる場合でも集光深さに変化が生じないことが確認されている22)。
なお,超音波探触子を真ん中に配置するためには,一般的なサイズの超音波探触子を用いる場合,10 cm以上のかなり大型なコニカルレンズが必要となり,高額な特注品が必要になってしまう。しかし,実際に光が通過する円周部近傍においては,レンズ形状は安価な片凸レンズとほぼ変わらないため,両者の集光特性に差異がほぼなく,置き換えることが可能であることを光学シミュレーション及び実機によって確認している。また,既存光学系においてはコンデンサレンズが既製品では存在しないため,特注で製作する必要があり高額になってしまうが,我々が提案している光学系は上記以外の光学部品も高額な特注品は使用せずに,既製品に対する追加工品で機能が実現できるように設計しているため,比較的安価に構築できることが特長である。