新生児医療へのIoT導入の挑戦

3. ビリルビン計測

実用されているビリルビン濃度測定には,侵襲を伴う血液検査と非侵襲的な経皮黄疸計測の2種類の方法がある。血液検査では新生児の足底の皮膚を針先で穿刺し,キャピラリーを用いて採血した血液を遠心分離し,光の吸光度を計測し総ビリルビン濃度を測定する。非侵襲の経皮黄疸計では皮膚の上から光を照射し,ある波長の光の吸光度を計測することにより総ビリルビン濃度の推測を行う。経皮黄疸計として日本国内の多くの病院で用いられているのは,コニカミノルタ社のJMシリーズであるが,海外ではPhilips社のBilicheck SystemやXuzhou Kejian Hi-tech社のKJ-8000などが実用されている。

図1 ウェアラブル黄疸計
図1 ウェアラブル黄疸計

臨床試験を行った横浜市立大学医学部小児科では,出生後5日間,連日コニカミノルタ社のJM-105で計測を行い,出生後5日目に血液検査を行っている。測定により得られたビリルビン濃度は,出生体重と生後時間による治療基準値と比較され,基準値よりも大きい場合は治療対象となる。血液検査は,正確であるが血液の採取が必要であり,新生児に痛みを伴い,医師・看護師の負担も多い。特に重症の児を対象とするNICUにおける黄疸計測は,しばし長期間にわたる計測が必要となり,頻繁な採血は大きな問題となる。一方,光学式経皮黄疸計は非侵襲的であるが,血液検査と比べて誤差が大きく,低体重児では正確な値を得ることができず,さらに医師や看護師がそれぞれの患者に測定器をあてて計測を行うため手技の個人差を生じることもある。

また,経皮黄疸計の価格は1台当たり数十万円以上でありコストが大きい。もし,ウェアラブルかつリアルタイムで黄疸計測が可能な低コストなデバイスが開発されれば,出生後に新生児に装着するだけで,複数の新生児の同時モニタリングも可能となる。また低コストでの市販化が実現すれば,1つの病院が数十台所有して貸し出す,あるいは親が個別購入することも想定できる。現在,新生児は生後5日間の入院を強いられており,その主な理由の1つが黄疸検査である。無線機能付きのウェアラブル黄疸計によって退院しても病院から監視できるようになれば,入院日数を縮められる可能性があり,早期の母子関係の確立にも有用である。そこで,本研究では新生児用ウェアラブル黄疸計の作製を行った。本デバイスは小型・柔軟かつBluetoothによる無線送信機能を付与することで,ウェアラブルでありスマートフォンから継続的なモニタリングが可能なデバイスである(図1(a))。

4. ウェアラブル黄疸計

本研究のウェアラブル黄疸計によるビリルビン濃度計測ではランベルト・ベールの法則を用いる。ランベルト・ベールの法則は次式で与えられる。

Aは吸光度を表し,λは光の波長,Ioは入射光の光量,Iは反射光の光量,ε(λ)は物質のモル吸光係数,Cはモル濃度,dは溶液を透過した光路長である。モル吸光係数ε(λ)は物質と波長により固有の定数である。この式により入射光と反射光の比と光路長を計測すれば,ビリルビン量の濃度を求めることができる。これらビリルビン濃度計算原理を元にしたウェアラブル黄疸計の臨床実験デバイスを作製した。ウェアラブル黄疸計のシステム構成を図1(b)に示す。MCU(Micro Control Unit)がLEDの発光タイミングを管理し,青と緑の光を3秒間隔で新生児額に照射する。皮膚を通過して帰ってきた光量をPD(フォトダイオード)で検知する。PDは受けた光量に応じて微弱な電流を流すが,これはMCUで読み取ることはできない。MCUが読み取ることのできる信号は電圧の強弱で表された信号である。

そのため,オペアンプを用いてトランスインピーダンスアンプ(TIA:Trans Impeadance Amprifier)と非反転増幅回路によって,微弱な電流をMCUが読み取ることが可能な大きさの電圧に変換する。電圧値に変更された信号をMCU内のADC(Analog Digital Converter)によって,MCUが読み取る。BLE(Bluetooth Low Energy)モジュールを介して,スマートフォンアプリへと送信する。スマートフォンアプリでは受信した値をもとにビリルビン濃度を計算し,スマートフォンのディスプレイにビリルビン濃度を表示する。横浜市立大学医学部付属病院の新生児室およびNICUにて,ウェアラブル黄疸計の臨床研究を行った。その結果,現在までに出生5日後の血液検査に比較して0.77の相関係数を得ることができた。今後,更なる精度と利便性の改善を行うことで新生児医療におけるIoT技術の導入を加速させるべく,研究を推進している。

■Optical wearable device for therapy in a new born baby
■①Hiroki Ota ②Go Inamori ③Yutaka Isoda ④Azusa Uozumi ⑤Shuichi Ito

■①③Yokohama National University, Faculty of Engineering, Division of Systems Research ②Yokohama National University, Graduate school of Engineering Science, Department of Mechanical Engineering, Materials Science, and Ocean Engineering ④⑤Department of Pediatrics, Graduate School of Medicine, Yokohama City University

①オオタ ヒロキ ③イソダ ユタカ
所属:横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生
②イナモリ ゴウ
所属:横浜国立大学 大学院理工学府 機械・材料・海洋系工学専攻
④ウオズミ アズサ ⑤イトウ シュウイチ
所属:横浜市立大学大学院 医学研究科 発生成育小児医療学

(月刊OPTRONICS 2019年10月号)

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