1. 「トンボのめがね」が見ている世界
「とんぼのめがねは,水色めがね。青いお空をとんだから♪」
動物の色覚は,オプシンと呼ばれる光センサーの種類が重要と考えられている。たとえば,ヒトは青色,緑色,赤色の3種類の光センサーに対応するオプシン遺伝子によって三原色で世の中の色を見分けることができる(図1上)。一方で,ミツバチは赤色に対応するオプシンを持たない代わりに紫外線に対応するオプシン遺伝子を持つため,紫外線,青色,緑色を組み合わせて色を見分けていることが知られている(図1中)。電気生理学的な研究から,トンボの複眼では,紫外線から赤色までの幅広い波長を認識できることが報告されていた(図1下)。
最近,我々は様々なトンボの幼虫,成虫におけるオプシン遺伝子の網羅的な解析を行った1)(Futahashi et al., 2015)。その結果,例えば日本で最も普通に見られるシオカラトンボやアキアカネ(どちらもトンボ科)は,20種類ものオプシン遺伝子を持つことが明らかになった(図2左)。これは,動物の中でも極端に多い数である。
詳しく調べた結果,トンボは水中で過ごす幼虫(ヤゴ)時代の複眼,空から直接届く光を見る複眼の背側(上半分),地表からの反射光を見る複眼の腹側(下半分)で遺伝子を使い分けていることが明らかになった(図2右)。どうやら「とんぼのめがね」は,紫外線が見えることや,上下で異なる色の見え方をするなど,ヒトとはかなり異なる色の世界を見ているようである。ちなみに,童謡「とんぼのめがね(作詞:額賀誠志,作曲:平井康三郎)」で歌われているような水色の複眼を持つトンボの種類は実は少なく,身近なところで見られる種としては,ほぼシオカラトンボと考えて間違いなさそうである。
2. シオカラトンボの体色変化
シオカラトンボは,日本で最も普通に見られるトンボの一種で,未成熟の個体は,オス・メスともに麦わら色で「ムギワラトンボ」とも呼ばれている。成熟するとオスは白っぽい粉のようなワックスを分泌し,全身が水色に変化する(図3,図4)。また,成熟したオスは真夏の小学校のプールや都会の公園など,日当たりの良い水辺で縄張りを作るが,このような日差しの強い環境で暮らせるトンボの種類は,非常に限られている3, 4)(尾園ほか, 2012;尾園ほか,2019)。
太陽から降り注ぐ紫外線は,生物にとって有害であるため,日差しに強いトンボは,何らかの方法で紫外線対策を行っていることが予想される。例えば,同じように日差しに強いショウジョウトンボは成熟オスが全身真っ赤になるが,強い抗酸化作用を持つ還元型色素を大量に蓄えている5)(図3,Futahashi et al., 2012)。
シオカラトンボの場合は,紫外線カメラの撮影および体表の光の反射率の測定から,成熟オスでは背側を中心に紫外線を強く反射していることが確認された6)(図3,図4,Futahashi et al., 2019)。また,メスは成熟すると腹側のみに薄くワックスを分泌することが知られていたが,メスは腹側で紫外線を反射していることが明らかになった(図3,図4)。オスは日差しの強い水辺で縄張りを作るので,全身で紫外線を反射することで細胞が傷つくのを防いでいることが考えられる。
なお,メスは通常は日差しの強い場所には長時間滞在しないが,日向の水辺でオスと交尾する際に腹部の腹側が上を向くので(図3),腹側で紫外線を反射することでその下にある卵巣を保護しているのかもしれない。前述のようにトンボは紫外線も見ることができるので,紫外線の反射は,強い日差しから身を守ることに加えて,相手の認識という点でも重要な役割を果たしている可能性が考えられる。