2. 材料開発のコンセプト
上記のような課題を解決する新しい酸化インジウム系透明導電材料の開発に向けて,ドーパントのイオン半径に着目した。これまでの薄膜トランジスタ向け酸化インジウム系半導体開発の研究において,ドーパントのイオン半径に移動度が依存することを見出したことが背景としてある。様々なイオン半径を有する元素をドーパントとして用いる中で,WとSiの比較において特徴的な結果を得ている。図1は,WドープIn2O3(IWO)およびSiドープIn2O3(ISO)のキャリア密度に対する真性移動度の関係を示す。薄膜成膜条件および測定の詳細等は文献12を参照いただきたいが,注意しておくべき点としてドーパント濃度はWおよびSiともに同一原子%になるように材料設計したことである。
イオン半径の大きいW(W6+のイオン半径:0.60 Å)ではキャリア密度に対する移動度の増加が緩やかなのに対し,イオン半径の小さいSi(Si4+のイオン半径:0.40 Å)では顕著な増大を示した。この違いは,イオン半径が散乱断面積と相関があることを示唆する。イオン半径が小さければ,散乱確率が減少し,結果として移動度が増加するからである。
また,散乱確率の減少について別の観点から考えると,キャリアの遮蔽効果が考えられる。そこで,遮蔽効果を誘引するルイス酸強度をWおよびSiについて調べてみると,それぞれ,3.158および8.096であることがわかった。ルイス酸強度は電子の受け取りやすさに相当するので,ルイス酸強度が強ければイオンは閉殻構造を取り,伝導電子はドナーイオンによる散乱を受けにくくなる。
この遮蔽効果はルイス酸強度の強いSiの方が顕著である。つまりSiでは小イオン半径効果による散乱断面積と強ルイス酸による遮蔽効果による2つの散乱確率の減少があり,これらの要因によりISOはIWOに比べて高い移動度を示したと考えられる12)。
このように得られた知見を活用して,TCOの移動度向上の方策を考える。表2に,In2O3にドープ可能な代表的なドーパントイオンを示す。イオン半径13)とルイス酸強度14)に着目してデータベースから抽出すると,固溶体形成可能な酸化物固体として,B原子が最もイオン半径が小さくかつルイス酸強度が大きいことがわかった。しかも,酸素結合解離エネルギー15)も高く,耐薬品性にも優れると期待される。