ホログラム光学素子と信号処理を融合したイメージング技術

4. HOEによる多重化撮影カメラ

少量の計測データから大きなデータ量の情報を得る圧縮センシング技術は,近年光学技術への応用が進められている8)。圧縮センシングの光学応用の一例として,複数像情報の多重化撮像法が提案されている。複数の撮像対象(例えば波長,偏光,視野の異なる被写体像情報群)を撮影する際,一般的には空間解像度,撮像速度,撮像素子面積のいずれかが犠牲になる。

多重化撮像法では複数の撮像対象を光学的に多重化して撮影し,それを信号処理により分離再構成する。これにより,前述の物理パラメータを犠牲にせず複数像情報を一括取得することが可能となる。圧縮センシングに基づく多重化撮像において,多重像の分離を実現するためには,(多くの場合何らかの基底変換を前提にした)撮像対象のスパース性,及び多重化される対象ごとに異なる光学変調の作用(像情報の光学的直交符号化)が必要となる。

先に述べたように,HOEは入射光の角度・波長独立なインパルス応答を実装できる。この点に着目し,HOEフィルタとカメラからなる複数視野一括撮像カメラを我々は提案している9)。提案手法では,入射角ごとに異なるインパルス応答をHOEに記録し,これをカメラの前に配置することで,複数視野の像情報を独立変調した状態で多重化計測する。計測した多重像を用いて撮像の線形逆問題を解く,すなわち圧縮センシング法に基づく画像分離再構成処理を実施することで,単一露光・センサによる複数視野像一括取得を実現する。

図6 HOEを用いた複数視野多重化撮影カメラ
図6 HOEを用いた複数視野多重化撮影カメラ

図6の実験系を用いて,二視野画像の一括取得の原理実証実験を行った。HOEを用いて,二視野(水平及び垂直方向に45°となる撮像視野)に異なるインパルス応答(本実験では像分割)を実装した。このようなHOE符号器は,原理的には単一感光材料への多重露光により単一素子として実装できるが,今回は実験の簡便化のため透過型グレーティングとして機能するHOEを四枚積層することでHOE符号器を実装した。設計したHOEのインパルス応答は干渉光学系とフォトポリマー(Bayfol HX200, Covestro)を用いて記録した。

被写体として拡散物体(人形と巻尺)を二箇所に配置し,狭帯域光を照射して撮影を実施した。撮像系はCCDカメラ(FL3-U3-13E4, FLIR)の前方にHOEを配置することで構成した。計測データと画像再構成結果の例を図6に示す。圧縮センシング法に基づく画像再構成処理により,多重像が良好に二視野物体像に分離されることを確認した。なお,対象はTotal Variationによりスパースモデリングし,再構成アルゴリズムにはTwIST10)を用いた。今後は撮像のカラー化,多重数の限界検証,性能の定量評価に取り組む。

5. おわりに

本稿では,著者らの近年の研究成果であるHOEと信号処理を融合利用したシースルー4Dディスプレイ,虚像ディスプレイ及び虚像カメラ,多重化撮影カメラを紹介した。ホログラムを光学素子利用することで,一般的な屈折光学素子では不可能であるような多様で柔軟なインパルス応答の実現が可能となる。そのため,信号処理やイメージングデバイスとうまく組み合わせることで,これまでにない新しいカメラやディスプレイの原理を実現し得る可能性を秘めている。また,本技術は一般撮像環境のみならず,顕微鏡などの特殊用途の光学系にも応用可能である11)。今後も,波長分散や回折効率などHOE応用に共通する問題に取り組みつつ,新しいイメージング応用法の開拓に引き続き取り組む予定である。

参考文献
1)M. Yamaguchi, “Full-Parallax Holographic Light-Field 3-D Displays and Interactive 3-D Touch,” Proc. IEEE 105, 947-959 (2016).
2)T. Nakamura and M. Yamaguchi, “Rapid calibration of a projection-type holographic light-field display using hierarchically upconverted binary sinusoidal patterns,” Appl. Opt. 56, 9520-9525 (2017).
3)https://en.wikipedia.org/wiki/Pepper’s_ghost
4)木村,中村,高橋,五十嵐,虎島,山口,油川,“ホログラフィック光学素子を用いた映像コミュニケーションシステムに関する研究,” 信学技報 118, 21-24 (2018).
5)T. Nakamura, S. Kimura, K. Takahashi, Y. Aburakawa, S. Takahashi, S. Igarashi, S. Torashima, and M. Yamaguchi, “Off-axis virtual-image display and camera by holographic mirror and blur compensation,” Optics Express 26, 24864-24880 (2018).
6)渡辺,中村,虎島,五十嵐,木村,油川,山口,“ホログラム光学素子と分散補償投影系を用いたフルカラー虚像表示,” 第66回応用物理学会春季学術講演会, 10p-W331-5 (2019).
7)H. Konno, S. Igarashi, T. Nakamura, and M. Yamaguchi, “Waveguide-HOE-based Camera That Captures a Frontal Image for Flat-panel Display,” The International Display Workshops (IDW’18), PRJ1/FMC2-2 (2018).
8)A. Stern, Optical Compressive Imaging (CRC Press, 2016).
9)中村,山岸,虎島,山口,“vHOE符号器を用いた複数視野像の圧縮センシング,” 第65回応用物理学会春季学術講演会, 19a-P2-2 (2018).
10)J. M. Bioucas-Dias and M. A. T. Figueiredo, “A New TwIST : Two-Step Iterative Shrinkage / Thresholding Algorithms for Image Restoration,” IEEE Trans. Image Process 16, 2992-3004 (2007).

11)T. Nakamura, S. Igarashi, Y. Kozawa, and M. Yamaguchi, “Non-diffracting linear-shift point-spread function by focus-multiplexed computer-generated hologram,” Opt. Lett. 43, 5949-5952 (2018).

■Imaging systems exploiting holographic optical elements and signal processing
■Tomoya Nakamura

■Tokyo Institute of Technology, School of Engineering, Assistant Professor

ナカムラ トモヤ

所属:東京工業大学 工学院 助教

(月刊OPTRONICS 2019年3月号)

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