多層膜型フォトニック結晶による分光偏光同時イメージング

1. はじめに

ある物体から反射・散乱・透過する光には,その物体固有の分光および偏光成分が含まれるため,それを可視化し解析することで,人の目では判断できない様々な情報を得られる可能性がある。リモートセンシングにおいては,分光を利用した植生のモニタリングや穀物の収穫量予測が行われていたが1),近年では農業に限らず,工場のラインにおける欠陥検出や,医療画像における病変部の識別に分光を利用する検討が進められている2)。また,偏光も様々な分野で検討が進められており,鏡面反射成分の分離,霧や水中の見えの改善,形状計測といった応用が期待されている3)。しかし,現在普及しているRGBカメラとは異なり,様々な分光または偏光成分を選択的に撮影する必要性から,撮像系の小型化・高速化・低コスト化が望まれている。

筆者らは,多層膜型フォトニック結晶をフィルタアレイ構造にすることで,分光と偏光を同時に撮影できるカメラの開発を進めている4)。フィルタアレイとは,モノクロイメージャの表面に画素ごとに透過感度の異なるフィルタを搭載させる構造であり,現在普及しているRGBカメラもそのほとんどがこの構造を採用している。一回の露光(ワンショット)で撮影される画像は,画素ごとに異なる波長帯や偏光を意味する値を持つことになるが,撮影画像から推定(デモザイク)することで,複数の波長帯や偏光成分を画素ごとに持つような画像(分光偏光画像)を取得できる。本稿では,分光偏光画像を撮影するためのフィルタアレイ構造およびデモザイクを説明するとともに,原理試作機を用いたワンショット画像からの復元結果を紹介する。

2. 多層膜型フォトニック結晶を用いたフィルタアレイ

光学多層膜に光の波長オーダーの周期的な構造変調を加えることで,多層膜に入射する光の透過率制御や偏波選択機能の付加が可能であることが知られている。特に,図1に示すような高屈折率膜と低屈折率膜からなる三角波状の多層膜を形成し,膜厚・格子間隔・膜材料をそれぞれ調整することで波長選択フィルタや偏光フィルタを実現する方法が提案されている5)。この多層膜は,リソグラフィとドライエッチで表面格子を刻んだ基板に高屈折率膜(Nb2O5)と低屈折率膜(SiO2)からなる膜を自己クローニング法によって積層するもので,膜厚方向と基板水平方向の両方において周期的に変動しており,フォトニック結晶の一種とみなすことができる。

図1 多層膜型フォトニック結晶の概念図。
図1 多層膜型フォトニック結晶の概念図。

このフォトニック結晶は,構造異方性のため,図2の通りTE波とTM波とで光学特性が異なる特徴を持つ。さらに,同一の層構成において,格子間隔を変えることで透過特性を波長方向にシフトできる特徴を持つ。つまり,成膜における材料と膜厚を変えることなく,基板のリソグラフィにおける描画格子構造を変えるだけで,様々な波長選択フィルタおよび偏光フィルタを製造できる可能性がある。

図2 フォトニック結晶の透過特性例。凡例は格子間隔。
図2 フォトニック結晶の透過特性例。凡例は格子間隔。

そこで,本研究では,図3(a)のように,イメージャの画素ピッチごとに基板の格子構造の間隔と方向を変えたフォトニック結晶を成膜することで,画素ごとに異なる分光および偏光特性を得られるような分光偏光フィルタアレイを提案している。このフィルタアレイは,もし透過光が無偏光である場合は,格子間隔のみに依存した透過特性を持つ分光フィルタアレイとなるが,透過光が偏光している場合,格子角度に応じて異なる透過特性となる。つまり,多層膜型フォトニック結晶を用いることで,分光フィルタアレイと偏光フィルタアレイの機能を併せ持つデバイスを単一の多層膜で実現できる可能性がある。本研究では,図3(b)および図3(c)の通り4×4画素を一つの基本パターンとした格子構造を想定し,4種類の格子間隔(265,280,290,305 nm)をそれぞれ4角度(0,45,90,135度)で配置させ,計16種類のフィルタを持つ構成としている。それぞれのTEおよびTM波の感度は図2に前述した通りである。

本フィルタアレイをモノクロイメージャに搭載することで分光偏光同時撮影が可能になるが,各フィルタの透過特性が単純なバンドパスや消光比の強い偏光フィルタとはなっていないことに注意する必要がある。例えば,図2(b)はバンドパスフィルタとして利用できるように見えるが,図2(a)はピークが複数あり,さらに提案フィルタアレイは撮影時にTE波とTM波が混在した光がイメージャに入射される。

図3 フォトニック結晶による分光偏光フィルタアレイ。
図3 フォトニック結晶による分光偏光フィルタアレイ。

また,偏光フィルタの観点で見ると,図2(b)の450から550 nmの感度が低いことから,当該波長帯においてはTE波のみを通す偏光フィルタとして利用できそうだが,600 nm前後では図2(a)図2(b)がほぼ同じ感度となることから消光比が1:1となり,偏光フィルタとして利用される帯域が限定されるように思える。従来研究の多くは特定の分光や偏光を検出するという目的からフィルタを設計しており,その観点から見ると,フォトニック結晶を用いた提案フィルタアレイは,様々な波長が混在する低品質な波長フィルタであり,かつ消光比が波長によって大きく変動する低品質な偏光フィルタであることがわかる。

しかし,デモザイク処理を想定すると,これらのデメリットは一転してメリットとなる。提案フィルタアレイによって撮影されるグレイスケール画像のある画素値は,入射光と図2の感度を各偏光方向で畳み込んだものであり,その値そのものは利用価値が低い。しかし,小領域(例えば4×4画素)における撮影画素値に注目すると,それぞれ異なる透過感度で畳み込まれた入射光の情報となっているため,それらの画素値を用いて逆畳み込み演算を行うことで,入射光の分光および偏光成分を広い波長帯で推定できる可能性がある。この場合,フィルタアレイに望まれる特性は,各フィルタが独立な透過感度を持つことであり,透過感度がデルタ関数である必要性はない。

例えば,フーリエ変換の基底のように,正弦波のような感度を持つフィルタを複数用いることで,限られたフィルタ種類数で広い波長帯を復元できるフィルタアレイの報告がある6)。提案フィルタアレイによる撮影では,撮影過程のモデルの線形逆問題を解くことで分光偏光画像をある程度復元できるため,その透過感度が必ずしも急峻な遮断特性や強い消光比を持たずともよい点に特徴がある(デモザイクの詳細は,次章にて説明する)。

本研究の分光偏光フィルタアレイは,単一の多層膜で分光と偏光の両方を制御できるという点,格子構造の変更によって容易に様々な感度のフィルタを作成できる点,フィルタ感度が狭帯域ではないため透過光量が多い点など,産業応用上のメリットが多くあると同時に,従来は利用価値が低いと考えられていた遮断特性の悪い(消光比の低い)フィルタをむしろ利点として活用できる点から,これまでのイメージングの常識とは少し異なる特徴を持っている。

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