3. 食べられる再帰性反射材
3.1 食べられる再帰性反射材の開発
従来の多くの再帰性反射材は,ガラスやプラスチックで形成されたプリズムを利用している。そこで,この構造をそのままに,素材だけを食品にできないかということを考えた。幸い著者は液体レンズを研究した経験があったため,液体の界面が光学素子形成に十分な滑らかさをもっていることを知っていた。一方,水やゼリーのように多くの食品は液体やゲルであり,その表面も光学素子の形成に適した滑らかさを持つと考えられる。特にゲルであれば型を利用することで任意の形状に成型できることに思い至り,透明なゲルを形成できる食品を候補にしてその特性を評価していくこととした。
プリズムを利用した再帰性反射の原理には,図1に示すように,大きくわけてコーナーキューブプリズムとビーズアレイとがある。しかし,ビーズアレイの構造で再帰反射を起こすためには,ビーズを構成する物質の屈折率がおよそ2.0であることが必要である。ところが,食品でこのように高い屈折率を実現できそうな候補が見当たらなかったため,素材の屈折率に強い制約のないコーナーキューブプリズムを再帰反射の原理として採用した。
コーナーキューブプリズムは,その逆の形状もコーナーキューブプリズムと同じ形状をしているため,コーナーキューブプリズムを原型として型取りを行うと,成形品も同じコーナーキューブプリズム形状を持つという性質がある。そこで,市販のコーナーキューブを型として利用し,ゲルを成形することとした。
以上の前提から,素材となる食品には,⑴何らかの操作で液体状から固化でき,⑵透明度が高いという性質が要求される。これを満たす候補として,
V. 寒天:アガロースやアガロペクチンなどの多糖類の混合物
を選定した。
これらをゲル化,もしくは飴状にしたものの光透過率を分光光度計で計測したところ,グルコマンナン以外は比較的高い透過率を示した。グルコマンナンは水溶液の状態で粘度が非常に高く,ゲル化させて混ぜる際に気泡の混入が避けられず,この気泡が散乱体となって光透過率を低下させていたため,候補から外した。
次に市販のプラスチック製コーナーキューブプリズムを型として試作実験をおこなった。ただし,還元パラチノースは融点が180度程度と高く,型を破損する可能性があるため候補から除外した。試作した結果,アルギン酸ナトリウムゲルはやわらかすぎて形状を保持できないことが判明し,候補から除外した。他の,カラギーナン混合物と寒天については,比較的良好な成形結果を得られた。
試作品が再帰性反射を実現できるのかを確認するために,これら2種類の素材からなる試作品を,落射照明下で画像として撮影したところ,寒天については市販のビーズ型再帰性反射材に近い反射強度を実現できたが,カラギーナン混合物はこれらに比べて弱い反射強度となることがわかった。試作品の形状を拡大して調べたところ,寒天は型となるコーナーキューブ形状を高い精度で再現できていたが,カラギーナン混合物の場合はエッジ部などの細部の形状が失われており,キューブが丸みを帯びた形状になっていることが確認された。この形状再現性の違いが反射強度の違いの原因であると考えられる。
以上の実験から,寒天が再帰性反射材のための材料として優れていることがわかった。図2に寒天製再帰性反射材の試作品の写真を示す。試作品は水・寒天・グラニュー糖から構成されており,これらの重量比としては,例えば24:1:50などを利用している。グラニュー糖は屈折率をあげてプリズム内部での全反射が可能な角度の範囲を広げるために加えており,例のレシピを利用すると,およそ1.4730程度の屈折率が実現できる。
3.2 評価実験
試作した寒天製再帰性反射材を評価するために,光源からの光をどの程度反射するのかを計測した。光ファイバーライトガイドとハロゲン光源を利用して光を照射して,試作品による反射光を照度計を用いて計測した。ここで,コーナーキューブアレイに関する法線方向と,照明光とがなす角度を入射角,照明入射方向と照度計設置方向とがなす角度を観測角と呼ぶ。再帰性反射が実現されていれば,入射角によらず,観測角が0近辺で強い反射光が観測されることになる。
試作品を用いて実測したところ,入射角がおおむね15度以下であれば再帰性反射が観測された。しかし,入射角がそれ以上大きくなると,再帰性反射は弱くなってしまうことがわかった。これは素材のもつ屈折率が比較的低く,全反射が可能な範囲が狭いことが原因であると推測される。