半導体光増幅器を用いた光アナログ-デジタル変換

1. はじめに

アナログ-デジタル(A/D:Analog-to-Digital)変換は,その名の通り,アナログ信号をデジタル信号に変換する技術である。一般に自然界に存在するデータはそのほとんどがアナログ情報であり,これをデジタル情報に変換することでデータの解析・記録・制御などに利用することが可能である。このため,電子回路で構成されたA/D変換は様々な分野で広く利用されている。

図1 アナログーデジタル(A/D)変換の基本構成。
図1 アナログーデジタル(A/D)変換の基本構成。

A/D変換の基本構成は,図1に示すように,アナログ信号をサンプリングパルス(クロック)で時間的に離散した信号として取り出す標本化,標本化されたパルス信号を強度的に離散した信号に変換する量子化,強度的に離散した信号をデジタル信号とし,入力されたアナログ情報に対応したデジタル信号として出力する符号化の3つのプロセスからなる。A/D変換の代表的な性能指標としては,サンプリング速度と量子化ビット数がある。前者は標本化を行う速度を表し,後者は標本化されたパルス信号の強度を細分化するビット数を表している。

近年,データ速度の高速化に伴い,電子回路の処理速度に限界が見えはじめてきており,A/D変換においても大きな2つの問題を抱える状況になってきている。1つはクロックのタイミングジッタで発生する量子化誤差である。クロックの時間的な揺らぎ(ジッタ)は,量子化の際に強度レベルに誤差を発生させ,正しいデジタル信号への変換が困難となってくる。もう1つは消費電力の問題である。パソコンのCPUに見られるようにデータ速度が高速になると,電子回路にかかる負荷は熱エネルギーとして放出されるため,消費電力は急増してくる。このため,光の特徴を活かし,光領域で信号処理を行う光A/D変換の研究開発が活発に行われている1〜3)

2. 光A/D変換

光A/D変換は,図1に示すような3つのプロセスを全て光領域(光標本化,光量子化,光符号化)で処理することになる。この中で,最も実用的なものが光標本化である。先述したように,標本化においてはクロックのタイミングジッタが量子化誤差の主要因となるが,電子回路のジッタ限界がおよそ0.1 psと言われているのに対し,光クロックでは,その10分の1程度までジッタを低減することが見込まれ,量子化誤差を大きく改善することが期待されている。このため,光A/D変換に関する研究の多くが光標本化に関するものとなっている。

一方,光量子化(光符号化も含む)については,全てのプロセスを光領域で行う際に欠かせないものの,十分な性能を有する実証が困難であるため,現在も世界各地で精力的な研究開発が進められている状況である。図1に示すように量子化は入力されたパルスのピークパワーに応じて,出力に離散的な変化を与える必要があるため,これを光領域で行うにあたって,光ファイバ中の非線形現象を利用したものが多く報告されている。具体的には,ソリトン自己周波数シフト4),スーパーコンティニューム5),相互位相変調6)などが挙げられるが,数百m以上の長さを有する長尺な光ファイバを必要とし,入力されるパルスピークパワーもWオーダーになってくる。

一方,集積化も可能な小型の半導体光増幅器で構成された論理回路を組み合わせた光量子化技術7)も報告されているが,量子化ビット数の向上が難しい構成となっている。このような背景から,著者らは新しい原理構成に基づいた光量子化技術の提案を行っている。

3. 半導体光増幅器内の周波数チャープを用いた光A/D変換

半導体光増幅器(SOA:Semiconductor Optical Amplifier)は半導体で構成された増幅器で組成材料が半導体レーザやフォトダイオードと同じであるため,これらの能動素子との集積化が可能である。一方,SOAで増幅された光信号はSOAでの利得変化によって発生する屈折率変化によって光信号パルスの立ち上がり・立ち下がり時に周波数が変化する周波数チャープという現象が発生する。

このため,増幅された光信号が光ファイバ中を伝送する際,時間的に変化する周波数成分を含むため,光ファイバ中の波長分散との相乗効果によって特異な波形変化を発生してしまうという問題がある。一方,著者らはこれまでに独自の周波数チャープ測定法を用いて,SOAで発生する周波数チャープ特性の評価を行ってきた8, 9)。その中で,光信号パルスの立ち上がり時に発生するレッド(低周波数側への)チャープが光信号パルスのピークパワーに依存することに着目し,これを応用した光量子化技術を提案した10)

図2 提案する光量子化技術の構成。
図2 提案する光量子化技術の構成。

図2に提案する光量子化技術の構成を示す。光標本化されたサンプリングパルス列と,強度が一定で波長の異なるプローブ光をSOA(ここでは,量子ドット半導体光増幅器:QD-SOA)に入力する。これにより,サンプリングパルスの強度変化に応じたQD-SOA内の屈折率変化によって,プローブ光はパルスの強度に対応したレッドチャープを発生する。これをQD-SOAの後段で並列配列した矩形波型光フィルタ(WS:WaveShaper)でレッドチャープ成分のみを透過させるようにフィルタ周波数を調整する。それぞれのフィルタ短波長側の周波数(RSFF:Red-shifted filter frequency)は,図2に示すように徐々に長波長側にシフトしていくように調整している。

これにより,最も高いピークパワーのサンプリングパルスは全てのフィルタを透過可能なレッドチャープを有し,最も低いピークパワーのパルスはどのフィルタも透過出来ない仕組みにフィルタ位置を調整している。すなわち,サンプリングパルスのピークパワーに応じて透過するパルス(“1”)の数が決定する。出力されるデジタル信号は別途,符号化が必要になるが,サンプリング パルス列からデジタル情報への光量子化が行える。提案技術は半導体素子と並列に構成された複数段の矩形波光フィルタのみで構成され,光量子化に必要な入力信号のパルスあたりのピークパワーも10 mWで,従来の光A/D変換と比較して格段に小さいスイッチングエネルギーでの動作が可能である。

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