3. 白色プローブパルス光の強度雑音除去
3.1 要請
光源の強度雑音は,光源の参照光(Rf)の強度雑音をあらかじめ観測して,プローブ光計測後に減算する,バランス検出法で打ち消すことができる19, 20)。ところが,以下3つの要請により,白色光の分光計測にそのまま適用はできない。(i)白色光の雑音は揺らぎ方が波数により異なるので,減算に用いるRfの波数と,検出するPrの波数を全く同一にする必要がある。つまり,Prの分光器と特性が厳密に同一である分光器でRfを分光する必要がある。(ii)2つの光が通過する光学素子の波数依存性も揃えねば,波数毎に減算するPrとRfの重みが異なるので,そのままでは全波数で同時に雑音を最大限打ち消すことができない。(iii)イメージングのような測定中にPrに対する透過率が変化する場合,減算する際にPrの重みが変化するので,Rfの重みを動的に補正する必要がある。
3.2 時分割法
上記3つの要請を満たす方法を開発した(光学系は図2)21)。PrをPBS1で分割し,光学的遅延を与えて,参照光Rfとする。この光学的遅延はパルス繰り返しの半周期分とする。実験では76.3 MHzのパルス繰り返しで,遅延光路長は〜2 mである。偏光子PはPrとRfの分割比を調整するとともに,偏光を固定する役割がある。一般に光源の偏光も一定でないので,固定しない場合,分割比が時々刻々揺らぎPrとRfに含まれる強度雑音が異なり,以降の方法が機能しなくなる。RfをPBS2で再びPrと空間的に重ね,共通の光路とする。PrとRfは同一光源の同一パルス光なので強度雑音は同一である。一方,PuはPrとだけ時間的に重なるので,試料の誘導ラマン散乱の信号はPrのみの強度変調mとして現れる。ここでPrとRfは共通の光路を取るので,これらに対して共通の分光器を適用できる。従って,要請(i)を満たすことができる。PrとRfはパルス繰り返しの半周期毎に時刻で弁別(時分割)できる。
この弁別を可能にする検出器を図4(a)のように開発した。これは図3(a)の検出器群を構成する要素として使用する。光検出器(PD)とアンプからの信号を乗算器へ入力する。一方,パルス繰り返しと同期した,同期信号を用意する。この信号を比較器(CMP)で±1の値をとる矩形波に変換する。これに直流バイアスBを印加した後,乗算器へ入力する。すると,PDからの信号に対し半周期毎に(1+B)と(–1+B)が乗算される。ここで同期信号の位相を適切に調整し,Prに対して(1+B),Rfに対して(–1+B)が乗算されるようにする。乗算後の信号をローパスフィルター(LPF)で時間平均する。ここで,要請(ii)に関連して,PrとRfの強度比をa:bとする。光源の強度雑音を含めた強度をA,試料によるPrの強度変調をmとすると,Prの検出信号は,
となる。第一項が雑音を含む背景光信号で,第二項が検出すべき信号である。この雑音は加算的である事に注意されたい。例えば,mが10–4の大きさでAが10–4揺らぐとする。第二項に着目すると,Aはmを乗算的に10–4だけ揺らがすので,S/Nは80 dBである。ところが,第一項の雑音の加算的寄与とmの大きさは等しく,S/Nは0 dBとなる。この加算的寄与がS/Nを支配することが分かる。ここでRfの検出信号は
である。乗算後に時間平均した信号は,
となる。従って,(1+B)a+(–1+B)b=0,つまりB=(b–a)/(b+a)とすることで,雑音の加算的寄与が打消される。一方で信号は打ち消されることはなくS/Nが改善される。つまり,光学的分割比aとbの違いがBで補正でき,要請(ii)を満たすことができる。さらに,Bが最適値からずれているとき,出力には直流成分が現れる。この直流成分に基づき,測定中にaとbの値が変化しても式⑶を零にする帰還制御により(図4(a)の積分器)Bを自動的に補正できる。但し,信号aAmは打ち消さないように,帰還制御の応答周波数はPuの変調周波数よりも小さく設定する。このようにして,要請(iii)も満たすことができる。
この方法ではパルス信号PrとRfを区別するだけの高速な光検出器が必要になる。光検出器を図5(a)のようなトランスインピーダンスアンプで構成すると,高速応答を担保するために負荷インピーダンス(抵抗R)の値を大きくできない。しかし,抵抗にはRの1/2乗に比例する熱雑音電圧が発生している。一方,信号電圧はRに比例する。従って,熱雑音によるS/NはRに比例する。S/Nの点でRは大きい方が望ましいが,応答速度で制限を受ける。本方法を適用する際は,この熱雑音が問題になった21)。