ところで,周期的に変化する磁場の中を自由電子が通過するときにも光を出します。周期的な磁場は,N極とS極が交互になるように永久磁石を並べることによって作ります。その様子を図7に描いてあります。最初の磁石がN極を上に向けていると,次の磁石はS極を上に向けており,その次の磁石はN極を上に向けています。
電子が磁石の作る磁場の中にはいると,力を受けることになって,その進路が曲げられます。最初の磁石が電子の運動をある方向に曲げるとすると2番目の磁石が逆方向に曲げることになります。このような磁石の配列の中を電子が通過すると,電子の運動方向が,図のようにジグザグに曲げられることになります。このような周期的な磁場のことをアンジュレータと呼んでいます。道路がでこぼこしている状態をアンジュレータと言いますが,同じ意味です。周期的な磁場中を電子が通過するときに,電子の持つエネルギーの一部を光の形で放出します。
アンジュレータの中をほぼ光速で運動している電子に共振周波数の電磁波を重ねると,電子は電磁波の電場によって減速されて電磁波を発生し電磁波が増幅されます。これが誘導放出で,自由電子レーザーの原理です。発生する電磁波を有効に利用するためには,図7のようにアンジュレータの両端にミラーを設置します。増幅率が大きくなると発振します。自由電子レーザーの特徴は,単色で波長が可変なことです。また従来のレーザーでは利用が困難な遠赤外及び真空紫外から軟X線領域でも使用が可能です。
ところで,自由電子レーザーで働いている電子は束縛されていない電子ですので,ある特定のエネルギー準位に固定されていません。自由電子レーザーの場合,発振波長はアンジュレータの磁石の間隔,あるいは電子のエネルギーを変えることによって,波長を変化させることができます。
普通は,電子のエネルギーを変えることによって発振波長を変化させることができます。というのは,アンジュレータの磁石の周期を変えることは簡単にはいかないからです。自由電子レーザーの最大の特徴は波長を変えることができることにありますが,その範囲が遠赤外から軟X線に及ぶ非常に広い範囲に及んでいることにあります。今までに見てきた波長可変レーザーとは比べものにならない程広い範囲にわたる波長可変性にあります。それも電子のエネルギーを変えることで簡単に波長を変えることができるのです。
このような自由電子レーザーは医療診断や治療,科学研究などに幅広く利用きれています。自由電子レーザーが実現されると,次の目標はX線領域における自由電子レーザーの実現です。
波長が短くなるとミラーの反射率が低下し,X線領域になると反射できるミラーが存在しなくなります。そこで,ミラーで何回も反射させる代わりに,アンジュレータを十分に長くし,蛇行させた際に放出される放射光と蛇行している電子ビームが干渉を起こさせ,非常に短い波長のX線レーザーが発振します。
このようすを図8に描いてあります。
兵庫県にある大型シンクロトロン放射光施設(Spring-8:図9)に隣接するX線自由電子レーザー施設(SACLA)では,図10のような800 mの長さのアンジュレータを使って世界最短の0.1 nm(1×10–10 m)のX線レーザー発振に成功しています。
今回は,X線レーザー,シンクロトロン放射光,自由電子レーザーについて見てきました。いずれも未来技術であり,非常におもしろい分野であることは間違いありませんし,レーザー科学だけでなく,一般的な光科学にとっても目が離せません。わくわくします。
これで,レーザーそのもののお話は,一応終わることにします。機会がありましたら,レーザーを利用した技術のお話をしたいと思います。