【本連載執を筆者された黒澤宏氏は2019年4月15日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。】
レーザー講座の最後に,ちょっと特殊な,そして新しいレーザーについてお話しします。レーザーの歴史を見ると,波長を短くする方向に進む中,研究者のおかげでエックス線の極めて短い波長におけるレーザーが実現しました。
今回の目玉はこのエックス線レーザーです。また,レーザーとは直接の関係はありませんが,レーザーと互いに助け合いながら役に立つ思われるシンクロトロン放射光とそれに関係する自由電子レーザーのお話もします。今までとは全く違う世界です。
1960年にレーザーが発明されてから,出力を高く,パルス幅を短く,波長を短くの3つの大きな方向に進歩してきました。当然のことです。中でも,レーザー発振波長をできるだけ広くしたい。どんな波長の光でもレーザー発振が可能なことが夢でもあるのです。
でも,短波長化への夢はなかなか進みませんでした。世界最初のレーザー発振がルビーレーザーの赤色でしたから,20年間くらいは紫外波長くらいまでしか進みませんでした。1976年にエキシマレーザーの発振に成功したのですが,それでもやっと紫外波長でのレーザーでしかありませんでした。波長が短くなるに従って,レーザー発振を実現することが極端に難しくなるのです。
ところが,1980年代になって,いっきに波長が短くなり,いわゆるエックス線(X線)の領域に入りかけました。X線は,かの有名なレントゲンが発見したものです。マイクロ波も,電波も,光も,X線も,同じ電磁波の仲間です。単に波長が違うだけなのですが,どこからどこまでをエックス線と呼ぶかは,科学者の間でもそんなにはっきりしている訳ではありません。おおむね,0.03μm(30 nm)から0.1 nmの波長範囲にある電磁波をX線と呼ぶことが多いようです。
場合によっては,0.1μm以下の波長であればX線と呼ぶことがありますが,特別に0.1μmから0.01μmの範囲を軟X線と言うこともあります。エネルギーの単位に換算すると,0.03μmが40 eV,0.1 nmが12 keVに相当します。ところで,波長が短くなるにつれて,電磁波を波長で区別するよりも,むしろエネルギーで区別する方が便利なことが多いのです。その場合に便利な換算式を書いておくことにします。
すなわち,波長λ(nm)と電磁波のエネルギーE(eV)の間には
λ(nm)=1240/E(eV)
の関係があります。1 eVのエネルキーは1240 nm(=1.24μm)の波長,10 eVは124 nm,1 keVは1.24 nmとなります。なお,エレクトロンボルト(eV)とは,図1のように2枚の金属板のあいだに電圧を加え,その中に電子を入れると,その電子は電圧の高い方に引っぱられる力が働き,電子はエネルギーをもらって加速されます。1 Vの電圧がかかっている金属板聞を電子が移動したとき,電子が獲得するエネルギーを1 eV(エレクトロンボルト)と呼んでいます。エレクトロンボルトが電子の得たエネルギーの単位です。