価電子帯には,電子が満杯(すべての座席に電子が存在している)に詰まっているので,動くことはできません。伝導帯では座席が空席になっていますが,電子が存在しないために電流は流れません。半導体結晶に,外部からエネルギーを与えて,図4(a)のように価電子帯の電子を伝導帯に上げると,隣はどこを向いても空席だらけですので,この電子は自由に動くことができます。しかしながら,この電子を動かす力が存在しません。
そこで,半導体結晶に電圧をかけて,外部から電子を動かす力を与えましょう。
図4(b)に描いてあるように,結晶に電池をつなぐことは,結晶を斜めに傾けることになりますので,水が流れるごとくに伝導帯の電子が(図では)右方向に移動することになります。これで,結晶の中を電子(電流)が流れたことになります。
価電子帯の中に電子に抜けた穴ができると,隣の電子がそこに移動できますので,順次移動して,最終的には電子が動いて,電流が流れることになります。この電子が抜けた穴は,負の電荷を持つ電子が抜けた穴ですので,相対的に正の電荷を持つものとみなすことができ,この孔に注目して正孔(ホール)と呼ばれます。価電子帯は,電子が満杯ですが,正孔から見れば,空席だらけですので,この電子の抜け穴である正孔は,価電子帯の中を移動できます。当然,電子の動く方向と正孔の動く方向が逆になります。
上方向に電子のエネルギーを取ってありますので,結晶に印加された電圧としては,電子の電荷が負であり,正孔は正の電荷をもっていることから,正孔のエネルギーは下方向に行くほど大きくなります。そこで,正孔の動きとしては,あたかも坂を上る方向に移動することになります。もちろん,正孔の流れも電流となります。もちろん,電子の流れとは逆方向の電流になりますが。
一般に,シリコン結晶のバンドギャップエネルギーは1 eV(エレクトロンボルト:1 eVとは,1 Vの電圧によって加速されたときに電子が得るエネルギーの単位)程度ですので,室温ではほとんどの電子は価電子帯におり,伝導帯に上がる電子は少ないことになります。したがいまして,シリコン結晶に電圧を印加したとしても,ほとんど電流は流れません。
次に,原子の立体的な配置と電子の関係を見て行きましょう。
シリコンは地球上で最も硬いとされているダイヤモンドと同じ原子配置をしています。ダイヤモンドは炭素原子Cが,立方体の中心と1つおきの4隅に存在しています。炭素原子(C)をシリコン原子(Si)で置き換えたものが,シリコン結晶です。どのSi原子を見ても,周辺の等位置に4個のSi原子が存在しています。この結合の様子を描いたのが図5(a)で,それを平面的に描いたのが図5(b)です。
シリコン結晶の中では,2つのSi原子が,互いに1個ずつ電子を出し合って,その2個の電子を共有して結合しています。3s+3p混成準位には4個の電子が存在し,4個の座席が空席になっています。例えば,1と2のSi原子は,1に属する電子1と原子2に属する電子2を共有しています。原子同士の結合には1対2個の電子が必要ですので,互いの原子の電子を共有することによって,原子同士の結合が完結するのです。このような結合が,周辺の4個の原子で成立しているのがシリコン結晶です。
3と4の原子に注目しましょう。原子3と4がAとCの電子を共有して結合しています。結合に関与する電子のエネルギー値は,価電子帯の中の準位の値を持っています。そこに,外部からエネルギーが入ってきて,電子Cを結合からはじき出したとします。このとき,この電子Cは伝導帯に上がり,自由になるのです。ここでできた電子の抜け穴が正孔Bです。
シリコン結晶には,シリコン原子しか含まれておらず真性半導体と呼ばれています。