【本連載執を筆者された黒澤宏氏は2019年4月15日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。】
結晶中では,隣り合った原子はバネで結びつけられているようになっていると考えることができ,原子が規則的に振動しています。この振動によって,エネルギー準位ができます。電子のエネルギー差よりも,この振動によるエネルギー差は小さく,それぞれの電子状態において様々な振動エネルギーを持つ状態が存在しており,ある程度幅を持った振動準位が存在します。
この様な振動準位帯を含む電子のエネルギー準位を振電準位と呼んでいます。図1には,レーザー上準位も下準位も振電準位からできている場合を示しています。レーザー選移に関係するエネルギー準位が幅を持つことによって,レーザー発振の波長にも広がりが現れます。
広い波長範囲で発振しますので,単一波長の光を取り出すためにはレーザー共振器の中に波長を選択するためのプリズムなどを入れる必要かあります。一方,この波長可変固体レーザーは,いままでお話ししてきたレーザーの欠点である,一つの波長の光しか作れないことを凌いでいます。
最初に開発された波長可変固体レーザーは,アレキサンドライトレーザーです。
アレキサンドライト(宝石の一種,化学式はBeA1204)の中にCr発光原子が混在しています。エネルギー準位はルビーレーザーと良く似ており,図2のようになっています。380−630 nmの光でポンピングすることができます。このレーザーは,ルビーレーザーの発振波長に近い680 nmの単一波長での発振に加えて,700−830 nmの波長範囲で発振します。主に美容医療用途で使われています。
波長可変固体レーザーの中でも,最も広い波長範囲で発振し,後でお話しする超短パルスの発生に利用されているのが,チタン(Ti)発光原子をサファイア(Al2O3)結晶中の混在させたTi:Al203(チタンサフィア)レーザーです。
この結晶では,Al原子の位置にTi発光原子を0.1%の割合で混ぜてあります。Ti原子は母体結晶の原子と強く結びつく傾向がありますので振電準位を作りやすく,波長可変固体レーザーでは良く使われています。ポンピングには,500 nm付近の強力な緑色の光が必要です。
通常は,周波数を2倍に変換したネオジウムレーザーが使われます。図3の写真が緑色に見えているのは,ポンピング用のレーザー光が光学部品で散乱されているためです。レーザー発振は660 nmの赤色から近赤外の1180 nmの広い範囲で起こります。