ルビーレーザーを例にした固体レーザー入門

2番目は,発光原子のエネルギー分布に影響を与え,利得を下げたり,レーザー効率を低くしてしまいます。3番目は,レーザー固体の熱膨張によって,屈折率が変化し,材料内で屈折率の違う部分ができてしまうことがあります。そうなると,光が曲がってしまい,レーザー共振器間を往復することができなくなり,その結果レーザー発振の効率が低くなったり,最後にはレーザー発振しなくなってしまいます。場合によっては,強制的に空冷か水冷のような冷却が必要になってきます。


図2
図2

サファイア結晶は熱を伝えやすい性質を持っています。そのために,温度の上昇によるダメージを受けにくい長所があります。したがって,極めて強いフラッシュランプでポンピングすることができるのです。フラッシュランプで励起する方式のルビーレーザーの構造を図2に描いています。

レーザー固体の形状は,丸い鉛筆の形をしたロッド状のものがもっと普通に使われています。表面積が大きいほど熱の逃げる割合が大きいので,円形の断面のものが基本です。直径数mm,長き数十mmのものが最もよく使われています。ほんとうに鉛筆くらいのものです。

意外と小さいのに驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。面で光が散乱きれないように,光学研磨されていることは言うまでもありません。共振器ミラーはロッドの両端に置かれるのが普通です。固体レーザーとしては,発光原子を含んだ母体の単結晶を作らなければなりません。結晶を作るのは簡単ではありません。ましてや,大きくて光学的に均質な結晶を作るのはとても難しいのです。その結果,ガスレーザーと比べると,固体レーザーの種類は非常に少ないのです。


図3
図3

ルビーレーザーのエネルギー準位は図3のようになっています。ルビーレーザーは,基底状態をレーザー下準位に使用しているために,いろいろな欠点が生じてきます。3準位レーザーですので効率は決して高くはありません。

基底状態にあるクロム原子は,550 nmと400 nm付近の光を吸収して励起状態に上がります。これらの吸収帯は,フラッシュランプの発光スペクトルと良く一致しています。フラッシュランプは,カメラのフラッシュをイメージして下さい。

フラッシュランプはこれらの波長の光以外に,赤外から可視,そして紫外の波長域における強い光を出すことができます。フラッシュランプ出力光の大部分はレーザー結晶の温度を上げるのに使われます。ポンピングに使われる光はほんのわずかです。

励起状態に上がった原子は,約100 ns後にエネルギーの一部を放出して準安定状態に落ち着きます。原子がこの準安定状態に落ち着いていられる時間は3 msで,その間に刺激を受けると694.3 nmの赤色光を放出して基底状態に戻ります。

レーザー下準位として基底状態を使っていますので,極めて強い光でポンピングして,基底状態の原子を励起状態にまで持っていく必要があります。そうでなければ,吸収が大きくなってレーザー発振を得ることが難しくなってしまいます。

赤色の強力な光に対する要求も徐々に減ってきている現状を見ると,最初に発振したレーザーとしての興味は尽きませんが,次第に利用価値が無くなってきているレーザーの1つと言えそうです。

宮崎大学・名誉教授 黒澤 宏


黒澤 宏
黒澤 宏
執筆者紹介
黒澤 宏(くろさわ こう)
大阪府立大学工学部博士課程を経て1976年より同大学助手,助教授を経て1991年より宮崎大学工学部電気工学科教授,その後2007年9月に大学教員生活に終止符を打ち,(独)科学技術振興機構JSTイノベーションサテライト宮崎の館長に就任し,地域における産学官連携業務に専念。現在は(一社)九州産業技術センター 成功報酬型事業化支援制度・専任コーティネータを務めている。レーザーEXPOにおいては,2003年から主に基礎部門の講師を務めており,初心者にわかりやすくレーザーについて解説している。

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