誘導放出を起こすスペクトルに幅があることから,その幅に入ってくるのは図3にあるように1つの縦モードではなく,複数のモードです。例えば,反射鏡の間隔が10 cmの共振器を持つNd:YAGレーザーの場合,隣り合う縦モードの間隔は1.5×109Hz(=1.5 GHz)です。Nd:YAGレーザーのスペクトル幅の0.5 nmを周波数に換算すると1.3×1011Hz(=130 GHz)ですので,誘導放出スペクトルの中には,約100本の縦モードが含まれていることになります。反射鏡の位置が温度などで変化すると,縦モードの周波数が変化することになり,その結果発振しているレーザー波長を細かく見ると,時々刻々変化していることになるのです。
現実的ではないかもしれませんが,もし共振器長を1 mmにすることができれば,発振スペクトルの中には1本の縦モードしか含まれないことになり,縦モードの周波数幅が通常は1 MHz(波長では~10–15m)程度ですので,極めて狭い波長範囲のレーザー光を作ることができることになります。
実際は,平行平面を持つガラス板による多重干渉を利用して,1本の縦モードでのみ発振させる方法が採用されている場合があり,このようなレーザーを単一モードレーザーとか,あるいはシングルモードレーザーと呼んでいます。が,多モード発振ないしはマルチモード発振が一般的です。
では,マルチモード発振で異なる周波数の光波が同時に発生すると,どうなるかについて考えてみましょう。例えば,周波数がf,2f,3fの3つの光波を考えます。これらの3つの波の初期位相(t=0における位相)が,互いに違っている,すなわち,図4にように出発点の位相がそろっていない場合について,3つの波を足し合わせたのが図4の一番下に描いてある合成光波です。この光波を見ると,一定のパターンをとることなく,時間的に大きく変動している様子がわかります。
次に,位相がそろった3つの周波数の異なる光波について考えます。先ほどと同じ,f,2f,3fの3つの異なる周波数の光波を足し合わせます。3つの光波の初期位相が同じ値を持っているとします。すなわち,図5に描いてあるように同じ位相点からスタートしているとします。足し合わせた合成光波をみますと,周期的に強い光が現れていることが分かります。
結論として,多数の縦モードが同時に発振している場合,位相がランダムであると,前の例にあるように強い光が現れることはありません。一方,位相がそろっていると,周期的に強い光が現れます。すなわち,多数の縦モードの位相をそろえることができれば,強い光をつくることができることになります。共振器内の縦モード間の位相関係が固定されている状態をモード同期状態と呼んでいます。
では,実際にどのようにしてモード同期発振をさせるのかについて見てみましょう。モード同期で現れる大きなピークに同期させてシャッターを開閉することによってモード同期発振が可能となります。すなわち,f=c/2Lの周期で開閉できるスィッチを入れると,図6に描いてあるように反射鏡間を一定周期のモードのみを往復させることになり,その結果,周波数幅の狭いレーザー光が得られます。
モード同期発振を実現する方法として,音響光学素子を共振器内に挿入してスィッチとして使う方法や,過飽和吸収体を入れる方法などがあります。スペクトル幅のレーザーを使ってモード同期発振をさせることで,非常に短い時間しか発光していない,超短パルスが手軽に得られることになります。例えば,100 nm以上の極めて広いスペクトル幅を持つチタンサファイアレーザーのモード同期発振によって10フェムト秒(10 fs=10×10–15s)以下の短パルスが得られています。