ITOおよびIZOに代わる酸化インジウム系透明導電材料開発の試み

著者: admin

1. はじめに

透明導電酸化物(Transparent conductive oxide, TCO)の主な用途は,スマートフォン,カーナビあるいは銀行ATMなどで身近に見られるタッチパネルであり,その透明電極として用いられている。また,液晶ディスプレイや太陽電池など,様々な光学デバイスの電極として利用されている1)。TCOに不可欠な特性は透明性と導電性であり,これらを同時に向上させることが求められる。SnドープIn2O3(ITO)は高い導電性と透明性を持ち,幅広く応用されている2)

典型的なTCOのバンドギャップエネルギーは〜3 eVであり,これは波長約410 nm付近の紫色の領域に相当することから,TCOは可視光スペクトルの大部分を透過する。2.9 eVのバンドギャップを持つ純粋なIn2O3は,TCOの母材としてよく用いられ3),そのキャリア密度は酸素空孔やSnなどのドーパント(これらは伝導帯の底近くで浅いドナー準位を形成する)を導入することによって増加させることができる4)

導電率(σ)は,キャリア密度(n)と移動度(μ)の積で与えられる。

式⑴

ここでeは電子の素電荷量である。導電率を大きくするにはキャリア密度あるいは移動度を向上させる必要がある。しかしながら,Drudeモデルにより与えられるキャリア密度とプラズマ波長(λp)の関係式から,キャリア密度を増加させるとプラズマ波長が短くなる5)

式⑵

ここで,c,ε0,εLm*,τはそれぞれ光速,真空の誘電率,格子誘電率,有効質量,緩和時間である。プラズマ波長は入射光が強く吸収される波長であり,高キャリア密度になるほど可視光領域での自由電子吸収が大きくなり,可視光透過率に影響する。ITOの場合で,電子密度1021 cm–3でλpは約800 nmとなり6),近赤外よりエネルギーの小さい領域で透過率が低下する。したがって,導電率を向上させる目的で1021 cm–3以上にキャリア密度を増加させれば可視光領域の透過率が犠牲になる。特に赤外領域での透明性を高く保ちつつ導電率を向上させるには,キャリア密度の増加を極力抑えつつ,移動度を向上させる必要がある。

主要な実用TCOとしては,SnO2系,ZnO系,In2O3系の三種類がある7)。SnO2系は,化学的および高温での高い安定性を有するが,一方でエッチングが困難な特徴を持つ。ZnO系はウェットエッチングが容易であり資源も豊富であるが,容易なエッチング性は同時に薬品耐性の脆さも併せ持つ。これらに対してIn2O3系は,安定性も高く,ウェットエッチングも比較的容易である。しかしながら,Inはレアメタルとして知られているように,高価であり,資源の枯渇も懸念されていることからIn2O3系TCOの代替材料開発が進められている。

あまり知られていないことだが,Inの枯渇問題に関してはZnほど深刻ではないとする報告もある8)。InはZnの副生成物として産出され,車のタイヤのコンパウンド材料や化粧品など用途範囲の広いZnと比較して用途が限定されることから,Znが必要とされ採掘されている限りはIn代替材料の必要性は喫緊の課題ではないと考えられている。

TCOの母材として,SnO2系およびZnO系に対してIn2O3系に着目する理由は大きく2つある。1つ目は,ZnO系よりも粒界トラップ密度が1桁低いことである9)。トラップ密度が低いため移動度の向上が理論的に可能であり,キャリア密度を低く抑えても導電率の向上が期待できる。2つ目は,In2O3はドーパントとしてイオン半径の違いを取り込める変形柔軟性を持っているためである10)。様々な組成の固溶体を形成しやすいので,種々のドーパントを導入して,特有の機能性を有する材料探索に適している。これらの点が酸化インジウム系の興味深い点であり,他の母材に対する優位性である。

表1 現行の酸化インジウム系透明導電材料
表1 現行の酸化インジウム系透明導電材料

現行の代表的な酸化インジウム系透明導電材料の課題,ドーパントおよびその役割を表1に示す。ITOは最もよく知られたTCOである。電気的特性も優れており信頼性も高い。優れた電気伝導特性は高いキャリア密度に起因する。キャリア密度が高いということは,先述の通り透過率の低下につながる。また,ITOは結晶化しやすい。そのため,エッチング残渣を残さないようにするには,結晶化しないよう低温成膜する必要がある。さらに,Snはドナー不純物としてイオン化散乱の要因になる。一方IZOは,Znが入っているため耐薬品および高温下での不安定性につながる。Znの結合解離エネルギーが低く反応が生じやすいためと考えられる。また,薄膜では抵抗率が急増するなどの課題が指摘されている11)

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