北海道大学の研究グループは,ありふれた材料を使って超高性能熱スイッチを実現した(ニュースリリース)。
近年,熱制御技術の一つとして,電気的に熱流の流れやすさを切替える熱トランジスタ(=熱スイッチ)が注目されている。電子や光と同様に,熱を操ることができるようになれば,大きな環境問題の一つである「使われずに捨てられている排熱」を,例えば熱のコントラストで情報を表示する熱ディスプレーのような,これまでになかった技術に応用することが可能になる。
研究グループは,2023年2月に世界初の全固体熱スイッチを発表し,2024年7月にはより高性能な全固体熱スイッチを実現したが,リチウムイオン電池用正極活物質材料として大量に使用され,枯渇が懸念されているコバルトやニッケルなどの金属を主成分とする材料を活性層として用いる必要があった。
そこで研究グループは活性層材料として,比較的資源が豊富で安価な酸化セリウムを選択した。酸化セリウムの結晶構造は単純な蛍石型構造であり,同じ蛍石型構造の固体電解質基板であるYSZ上にエピタキシャル成長することが知られている。
また,酸化・還元も可能で,酸化状態では室温で14 W/mKの比較的高い熱伝導率を示すことが知られている。このような理由から,研究では,酸化セリウムを活性層とする全固体熱スイッチを作製した。作製した熱スイッチを,空気中,280℃に加熱した状態で通電し,電気化学的にオン状態(酸化状態)とオフ状態(還元状態)に切替えて熱伝導率の変化を調べた。
酸化セリウム薄膜を一度還元し(オフ状態),次に酸化すると(オン状態),熱伝導率は最も還元された状態で約2.2W/mKとなり,酸化とともに熱伝導率は12.5W/mK(オン状態)まで増加した。この還元(オフ状態)/酸化(オン状態)サイクルを100回繰り返したところ,熱伝導率の平均値は還元後(オフ状態)で2.2 W/mK,酸化後(オン状態)で12.5W/mKだった。
酸化セリウム熱スイッチの動作は非常に安定しており,オン/オフ熱伝導率比は5.8だった。また,熱伝導率切替幅は10.3W/mKであり,従来のSrCoOxやLaNiOx薄膜を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切替幅(SrCoOx:2.85W/mK,LaNiOx:4.3W/mK)を2倍以上も上回った。
研究グループは今後,微細構造を制御するなどして更に性能向上を目指すとともに,熱の伝わり方を赤外線カメラで可視化することが可能な「熱ディスプレー」を試作するとしている。