【解説】海底の光ファイバーが,来る大震災から世界を救う

【南海トラフ地震臨時情報発出を受けて再掲】海洋研究開発機構(JAMSTEC)は,室戸沖に設置された海底ケーブル光ファイバーにDAS(分散型音響センシング)観測技術を適用し,2023年10月9日に鳥島近海を震源として発生した津波が沖合約60kmから沿岸付近まで伝播する様子を捉えることに成功した(ニュースリリース)。

近年,海底に設置した光ファイバーにかかる歪みを計測するDASにより,これまでの海底地震計による「点」の観測から,光ファイバーケーブルの敷設された範囲の「線」の観測が可能となっている。

研究グループは,2023年10月9日に鳥島近海を震源として津波が発生した際にも観測を実施しており,室戸沖約60kmから沿岸付近まで,津波が海底光ケーブルに沿って伝播する様子を約50m間隔で捉えた。

これまで津波の観測に主に使われている水圧計は,観測点の間隔が約20km以上と空間密度が低いが,水圧の変化量をそのまま津波の波高に換算できる。しかし,DAS観測では光ファイバーの歪みを観測しているため,それが津波伝播の何を反映しているのかがよくわかっておらず,研究では,その点を明らかにする必要があった。

津波は周期が短くなればなるほど伝播速度が遅くなるが,今回のDAS観測でも,この速度変化を確認することができ,DAS観測では津波の短周期成分を捉えたと結論した。

DAS観測データを使って,震源近傍でどの周期の津波がどのタイミングで発生したのかを推定したところ,短周期の津波が比較的早い段階で発生し,その後,中周期・長周期の津波が発生したことがわかった。

同様の解析を水圧計のデータを使って実施した。その結果,DAS観測データで得られた結果と整合的な結果が得られた。これは,水圧計が近くになくても,DAS観測データ単独で震源近傍での津波発生の時系列を推定できることを示唆する。

研究グループは,DAS観測では,①津波伝播に伴う水圧変化によって光ファイバーに生じる歪み,②津波の水圧変化が海底に達して起こる海底の変形によっても光ファイバーの歪み,の2種を観測していると考えた。

そこで海底ケーブル光ファイバーと海底下の構造の物性をおおよその値を使って仮定し,実際にDASで観測された歪みがこの2種類によるものだということを定量的に評価した。つまり,海底ケーブル光ファイバーと海底下の物性が予めわかっていれば,DASの歪みデータから津波波高を算出できるということを示唆している。

研究グループは,海底に張り巡らされた海底光ケーブルを利用したDAS観測により高密度な地震観測のみならず津波観測を広範囲に行なうことで,沿岸防災対策等に大きく貢献することが期待されるとしている。

【解説】「ゆっくり地震」「ゆっくりすべり(スロースリップ)」という言葉を聞くようになりました。断層が地震波を放射せずに(揺れずに),ゆっくりとエネルギーを解放する現象で,東北地方太平洋沖地震の際も前震と本震の前にこの「ゆっくり地震」が発生していたことから,大地震の前兆ではないかと注目されています。

こうした地面のわずかな動きは,地上ならGPSや多数の測候所で観測できますが,海底ではそうはいきません。そこで大地震の可能性が指摘されている南海トラフ海域では,JAMSTECが地震・津波観測監視システム「DONET」という海底ケーブルネットワークを構築しています。しかし,変動の検出はセンサーの数(密度)に依存するのと,既存のセンサーはゆっくり地震に対して感度が低いという問題がありました。

そこで同海域において,光ファイバーケーブルを用いて海底の地形の変化を検出する実験が始まっており,今回の成果もこの設備を用いたものです。ケーブル長は100kmほどあって検出する信号もノイズが大きいため,レーザーは従来の機器を改造して50倍ほど安定性を高めたものを使用しているそうです。

こうした光ファイバーケーブルによる地震観測はまだ緒に就いたところですが,今回の津波の検出は,この技術のパフォーマンスの高さを示すものです。将来,世界中の海に張り巡らされている通信用海底ケーブルを利用した地震観測が行なわれるようになれば,日本だけではなく,火山帯沿岸に暮らす多くの人々にとって福音となるはずです。(デジタルメディア編集長 杉島孝弘)

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