高知工科大学の研究グループは,シリカゲルなどのマイクロ球体への発光性分子の塗布法を新たに開拓し,WGM光共振器の簡便な作製に成功した。さらに,それらが環境変化を感度よく捉えるセンサーとして機能することを明らかにした(ニュースリリース)。
有機LEDや光センサーなどのデバイスに利用する次世代の光源として,光共振器が注目されている。光共振器は,光を一定時間閉じ込められる構造を持つため,光損失が少なく,低エネルギーでデバイスを作動させることができる。
中でも,WGM(Whispering Gallery mode)光共振器は,円形の形状で,光が全反射しながらループし続けるという有意な性質を持っている。ミクロンスケールのマイクロ球体は,WGM光共振器として共振光を生じさせ,その球体サイズや屈折率によって光出力の高い光源となる。
WGM光共振器は,共振器内での光の全反射により高Q値共振器として機能するため,高感度センサーや低閾値レーザーなど光デバイスとしての応用が期待される。
これまでに,発光性高分子や発光性分子とポリマーの混合物を自己組織化させることでマイクロ球体を作製する手法が注目され,研究グループはこの方法により,様々なWGM光共振器を作製し,高感度センサーや低閾値レーザーを実現できることを示してきた。しかし,量産化や大面積化するためには,より簡便な方法が求められていた。
そこで、直径5µm程度の市販シリカ粒子と発光性分子または高分子のクロロホルム溶液を混合した懸濁液を調製し,吸引ろ過・真空乾燥することで,それぞれの複合粒子を得た。この粒子1個をガラス基板上で集光レーザー励起し,顕微蛍光スペクトル測定を行なったところ,球体内でのWGM共振に基づく発光を観測した。
また,球体を密閉容器内で濃度350ppmのトルエン蒸気に暴露し,暴露前後のスペクトルを比較したところ,WGM共振ピークはおよそ5nmシフトした。このときのトルエンへのセンシング能は14pm/ppmと算出され,従来のWGM共振器でのトルエンセンシング能よりも一桁大きい値を示した。
この粒子を乾燥させ,再度スペクトル測定を行なうと,WGM共振ピークは,トルエン暴露前の波長に戻った。よって,得られたWGM光共振器は,感度よく繰り返しセンシングが可能であることが示された。
研究グループは,この研究以外の様々なマイクロ球体物質に対し,様々な発光色素を安定的に塗布することができれば,様々な状況で対応可能なマイクロ光センサーやレーザー光源として,多様な応用に対応できるとしている。
【解説】マイクロレーザーやナノレーザーと呼ばれる微小なレーザーでは,フォトニック結晶やマイクロ構造体といった様々な共振器構造が考案されています。今回研究グループが用いたWGM光共振器は,マイクロ球体中に光を閉じ込めることで発生する共鳴発光を用いた,超高Q値が期待される微小共振器です。
WGMはWhispering Gallery modeの略ですが,その由来はイギリスのセント・ポール大聖堂で知られていた不思議な現象にあります。この聖堂は高さが111mもある巨大なもので,その内部にある回廊(Gallery)で囁いた声(Whispering)は,同じ回廊の離れた場所でもよく聞こえるのだそうです。
これは囁き声が円状の回廊の壁に反射しながら伝搬するとき,いくつもの反射経路が回廊沿いにでき,それぞれが減衰しても反対側にいる人の耳元で合わさって強調されるためで,これを光が円形の共振器中に閉じ込められて周回するモードと置き換えたのがWGM光共振器ということになります。
なお,WGMの原理はレイリー散乱を発見し,音についても研究を重ねていたレイリー卿(Lord Rayleigh)によって解明されました。WGMは回廊の形状や壁の材質による現象なので,セント・ポール寺院以外でも,日本では神戸国際会館の円形庭園で体験できるそうです。お近くの方はお子さんを連れて,夏休みの研究としてみてはいかがでしょうか。(デジタルメディア編集長 杉島孝弘)