広島大学の研究グループは,タンパク質溶液と生体膜溶液を,低容量でかつ効率よく混合できるマイクロ流路デバイスを開発し,放射光を利用した真空紫外円二色性装置に設置することで,タンパク質が生体膜と相互作用する際の動的な構造変化を,ミリ秒~分の幅広い時間領域で可視化することに成功した(ニュースリリース)。
研究グループは,タンパク質のキラリティを市販の装置では測定できない波長領域まで検出できる放射光を光源とした真空紫外円二色性(VUVCD)分散計を用いて,生体内環境下に近い水溶液中におけるタンパク質の構造研究を行なっている。
この分光法から得られるタンパク質の構造情報を,機械学習法であるニューラルネットワーク法(VUVCD-NN法)に入力することで,タンパク質の規則構造が,アミノ酸配列上のどの位置に形成されるかを予測できる。
これまでにVUVCD分光法の研究対象は,生体膜との相互作用する前後の静的な構造情報のみに限られており,相互作用する際にタンパク質がどのような構造状態を経由するのか,どのような駆動力が働いているのか,といった動的な情報の取得が困難だった。これを可能にするため,タンパク質と生体膜を効率よく混合できる手法の確立が期待されていた。
研究グループは,異なる2種類の生体試料の溶液(タンパク質溶液と生体膜溶液)を効率よく混合できるマイクロ流路デバイスを構築し,これを真空紫外円二色性(VUVCD)装置に設置することで,生体膜と相互作用する際のタンパク質の動きを観測することを目指した。
この測定システムは溶液を送り出すシリンジポンプ,マイクロ流路デバイス,放射光の大きさを微小化する集光レンズなどの光学系,放射光の強度を計測する検出器により構成される。
このシステムを使用し,生体膜と相互作用を開始した後のβ-ラクトグロブリン(bLG)のスペクトルを1-60秒の時間領域で観測した。またこの結果から,相互作用の過程で一時的に現れる一つの中間体の構造情報を抽出することに成功した。
bLGの各構造での規則構造の含量と本数の計算,そしてアミノ酸配列レベルでの位置予測を行なうことで,天然→中間→膜結合構造の段階的な変化が明らかとなり,タンパク質が生体膜に作用するメカニズムを考察することが可能となった。
予測されたαヘリックス構造の位置や電荷,疎水性,両親媒性などの物性値を評価することで,静電的相互作用や疎水的相互作用といった重要な駆動力が生体膜相互作用の過程でどのように作用しているかが明らかになった。
研究グループは,生体膜上でおこる疾患原因物質の形成・抗菌性機能・細胞内物質輸送などの複雑な生命現象の解明が期待される成果だとしている。