名古屋大学の研究グループは,量子化学計算をもとにしたin-silicoスクリーニング手法を開発し,多環芳香族炭化水素(PAH)骨格にホウ素をドープした近赤外発光分子の開発に成功した(ニュースリリース)。
近赤外領域で強く発光する新たな分子の開発は,長波長領域になるほど励起状態から無輻射失活過程が速くなることから,本質的に難しい課題となっている。既存の分子骨格の修飾に終始するだけではなく,新たな分子骨格の探索が求められている。
そこで研究グループは,分子構造を自動的に生成させる分子構造ジェネレータとを新たにプログラミングし,量子化学計算をもとにスクリーニングする探索手法の開発を行なった。
今回開発した分子構造ジェネレータは,芳香族ヘテロ環化合物を部分構造とし,それらを網羅的に縮環させることで,特定の骨格制約条件を満たす新規PAH骨格を網羅的に生成できるという特徴を有する。分子を構成する原子をノード,結合をエッジとしてみると,分子をグラフとして扱うことができる。
研究グループは,2つの分子グラフのノードとエッジを適切に組み替えることで,環状分子の高速な縮環操作を実現した。
次に,この生成アルゴリズムをコンピュータプログラムに実装し,分子探索に用いた。ペリレンに2つのホウ素をドープし,2つのチオフェン環を縮環させるという設計コンセプトのもと,分子構造ジェネレータで考え得るすべての構造を生成させたところ,2477個の分子構造が得られた。
それらのすべての分子に対し時間依存密度汎関数法(TD-DFT)計算を行った。近赤外領域での強い発光の獲得を目的にしているため,電子遷移の波長が長波長であることと,電子遷移の遷移双極子モーメントがより大きいことの2つを指標として選んだ。
加えて,実際に合成が可能な分子に効果的にたどり着くために,分子の安定性を考慮することが肝要であり,その指標として,一つの結合あたりの原子化エネルギーがより低いことを用いた。これらの3つの指標をもとに有望な候補分子を10個選び出し,最も魅力的な化合物を標的化合物として設定した。
実際に化合物の合成を,ホウ素の求電子的環化を鍵反応にした合成経路により達成したところ,トルエン溶媒中で724nmに近赤外発光を示し,その蛍光量子収率も0.40とこの波長領域としては高い値を示した。
研究グループは,この成果は,有用な分子性機能材料を開発する基盤技術になるものとしている。