分子科学研究所,神戸大学,東京工業大学は,近赤外光を高効率に可視光へ変換可能な有機薄膜固体内部における電子スピンのミクロな運動を調べ,中間体として生成する三重項励起子が固体内部の回転拡散運動でスピン状態を変化させて短波長の光を高効率に生じる様子を捉えることに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
光アップコンバージョンの光エネルギー変換効率は改良されてきているが,三重項-三重項消滅(TTA)による光アップコンバージョン(TTA-UC)のメカニズムについては十分に理解されておらず,材料開発のボトルネックとなっていた。
研究グループは,ITIC-Clと呼ばれる近赤外光を吸収する非フラーレン型アクセプタ分子の薄膜と,ルブレンと呼ばれるTTAを起こすドナー分子の非晶性薄膜で構成される二層平面型の固体TTA-UC材料を測定対象にした。
720nmパルスレーザー光を照射しながら,材料内部に生成した反応中間体の磁気的性質をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法を用いて,光アップコンバージョンの素過程で生成する励起子の電子スピン状態を観測した。
その結果,ルブレン中に生成した三重項励起子によるマイクロ波の吸収および放出の信号を1000万分の1秒の精度で検出することに成功した。この中間体は,近接するルブレン分子間をおよそ10億分の1秒間隔で移動しており,二つの三重項励起子同士が最接近した際にTTA反応を起こし一重項励起子を生成することが分かった。
この三重項励起子は,あたかも溶液中をグルグルと回転するように分子配向をランダムに変えながら拡散運動し,三重項励起子同士の距離や配向が時々刻々と変化することによって,特異なマイクロ波の放出信号を与えることが示された。
また,TTA反応途中に形成される三重項励起子がペア(TT)となった状態のスピン多重度は,統計的な割合では11%が一重項TT(S-TT),33%が三重項TT(T-TT),55%が五重項TT(Q-TT)だが,三重項励起子の運動についてモデル解析した結果,T-TTとQ-TTをS-TTに変化するスピン多重度変換が起きたことで,発光性の一重項励起子を77%におよぶ効率で生じさせていることも判明した。
このように三重項励起子の配向運動によるスピン双極子間相互作用の変調が,TTA反応効率に重要な役割を果たすことが実験的に明らかとなりミクロな観点からの知見に基づく光アップコンバージョン材料設計指針を世界で初めて示すことができた。
研究グループは,光線力学的ながん治療や診断など幅広い分野への展開が期待されるとしている。