高輝度光科学研究センター(JASRI)と理化学研究所は, 大型放射光施設SPring-8 において,100keVという高いエネルギーのX線をサブマイクロメートルに集光する多層膜集光ミラー(反射鏡)を開発した(ニュースリリース)。
明るい高エネルギーX線を小さなビームに集光できれば,試料の内部構造を細かく短時間で観察できるが,バンド幅が比較的広い光を集光する際に色収差が問題となる。
色収差のない集光素子の代表的なものに全反射集光ミラーがあるが,高エネルギーX線に対する全反射臨界角はとても小さく,十分な受光幅を得るためには長大なミラー基板が必要なため,高エネルギーX線をマイクロメートル以下の小さなビームに集光するスループットの高い集光素子はこれまでなかった。
研究グループは,高エネルギーX線用の多層膜集光ミラーを開発することで,100keVという高いエネルギーのX線を高効率に集光できるようにした。多層膜は,光の干渉効果により,全反射臨界角よりも大きな斜入射角で特定のバンド幅のX線を反射させることが出来る。
研究で開発した多層膜集光ミラーは,楕円面形状に高精度に仕上げられたミラー基板上に,タングステンと炭素の膜を交互に50ペア積層した膜厚傾斜付き多層膜を成膜している。これは集光ミラーの光軸方向の位置でX線が入射する斜入射角に応じて多層膜の周期を変化(研究では約3nm~約4nm)させ,高い反射率(研究では2枚の集光ミラーの反射で74%)を達成した。
また,多層膜集光ミラーを反射できる光のバンド幅を約5%と設計することで高いスループットを実現した。このバンド幅内では色収差はほとんどない。
高エネルギーテストベンチとして整備された施設開発ID Iビームライン(BL05XU)では,多層膜分光器を導入し,バンド幅が1%の非常に明るい高エネルギーX線が利用可能。このビームラインに多層膜集光ミラーを設置し,集光ビームの評価を行なった。
集光ビームのサイズは約0.25µmと測定され100keVのサブマイクロビームの形成に成功した。テストチャートでは,0.2µmのラインアンドスペース構造を鮮明に観察できた。
研究で実現した集光ビームは金属ケースで覆われたデバイスの内部構造や厚い鉄鋼材料内部の局所構造の観察へと既に研究が展開されている。研究グループは,実際の使用環境,動作環境,製造環境下での金属材料やパワー半導体デバイスなどの評価が行なえるようになれば,最新の自動車開発やエネルギーデバイス開発につながり,グリーンイノベーションに資するとしている。