東京工業大学,物質・材料研究機構,産業技術総合研究所,量子科学技術研究開発機構(QST),独ウルム大学は,ダイヤモンド構造にIV族元素である鉛原子を注入した量子光源において,発光線幅の物理限界である自然幅に近い発光を得ることに成功した(ニュースリリース)。
ダイヤモンド中の発光中心は優れた発光およびスピン特性から,量子ネットワークを構築するための固体量子光源として期待されている。
IV族元素と空孔からなるIIV族—空孔中心のうち,重いIV族元素であるスズ(Sn)やPbを用いた光源では希釈冷凍機を必要としない温度で優れたスピン特性が期待できるが,効率的な量子もつれ生成のためには,発光線幅が物理限界である自然幅に近い発光特性も必要となる。
しかし,IV族元素のうち安定かつ最も重たいPbを用いた量子光源の鉛—空孔中心(PbV中心)では,自然幅での発光は観測されていなかった。
研究グループは,ダイヤモンド基板へのPbイオンの注入および2,000℃を超える高温加熱で形成したPbV中心で,自然幅に近い発光線幅を観測した。
PbV中心の構造からはCピークおよびDピークと呼ばれる2本の発光線が主に観測される。まず,作製したPbV中心の線幅の限界を決める励起状態寿命について,パルスレーザーを用いた手法で評価した。結果として,励起状態寿命として4.4nsが得られ,これは自然幅として約36MHzに対応する。
次に,PbV中心のCピークの線幅を発光励起分光法(PLE法)を用いて測定した。測定温度約6Kにおいて線幅約39MHzと自然幅に近いスペクトルを得た。
測定を繰り返しところ,このPbV中心の発光ピークの位置に大きなずれは見えず,時間的に安定した発光波長を観測した。一方,もうひとつの発光線であるDピークの線幅は発光スペクトルにおいて400GHz以上となり,Cピークと比べ線幅が4桁大きい。
今回の研究では,格子振動であるフォノンの影響によってDピークが太くなり,2つのピークの線幅の差はIV族元素の種類によって変化することを明らかにした。さらに,PbV中心では基底状態でのフォノン吸収が抑制されており,10K以上においてもCピークに関して自然幅に近い発光線幅を得た。
約16Kにおいても自然幅の1.2倍程度の線幅に留まっており,窒素—空孔中心や他のダイヤモンド量子光源よりも高い温度においても狭線幅が達成できることを示した。
研究グループは,今後,量子状態を保存するためのスピン特性の計測と合わせることで,PbV中心を用いた量子ネットワークノードの構築が期待できるとしている。