理化学研究所(理研)は,シリコン量子ドットデバイスにおいて,電子スピンの状態を高速かつ高精度に測定することに成功した(ニュースリリース)。
これまで研究グループは,シリコン量子コンピュータの研究で誤り耐性量子計算に必要な基本操作のうち,99%以上の高い精度を持つ1,2量子ビットの操作を実現してきた。しかし,量子ビットの測定に関しては,精度,速度ともに不十分な性能にとどまっていた。
研究グループは,量子ドット構造を,シリコンスピン量子ビットで一般的に用いられるシリコン/シリコンゲルマニウム半導体基板上に作製した。微細ゲート電極に加える電圧の制御によって高い自由度で量子ドットを形成し,その電子スピンの状態を制御する。
スピン量子ビットでは,通常,単一のスピンを直接単発測定することは困難なため,スピン状態を電荷状態に変換し,その電荷状態の測定によってスピンを測定する。その最も単純な方法はエネルギー選択トンネルと呼ばれる方法だが,測定に長い時間がかかり,高精度な測定も難しかった。
そこで研究グループは,二つの量子ドットの間のスピン状態に依存したトンネル現象(スピンブロッケード現象)を用いたスピン状態の測定を行なった。
この方法では,電子の移動に伴う電荷信号の実時間検出が不要で,測定時間を大幅に短くできる。ただし,2スピン状態を扱う場合,特有の問題もいくつかあり,それらを適切に扱うことが高精度な測定を行なう上で重要となる。
具体的な問題点は,量子ドット間の電子の移動に伴う電荷信号が小さいことや,移動の際スピンの向きが意図せず反転してしまうことなどがある。前者に関して,一般的に小さい信号を区別するためには,積算時間を長くして信号雑音比を大きくするが,量子ビットの測定では可干渉性を維持するために短時間での測定が必要。
そこで量子ドット,および電荷計のデザイン改良によって量子ドット間の電子の移動に対する電荷計の感度を改善することで,電子スピンの位相緩和時間よりも十分短い2マイクロ秒の積算時間で十分な信号雑音比を得ることができた。
後者については,通常測定中は量子ドット間のトンネル結合はほぼ一定だが,制御パルス信号の形状を工夫し,トンネル結合を時間的に変化させることで,トンネル現象に伴うスピン反転を起こりにくくすることに成功した。
これら二つの改善によって,従来の方法では80%程度であった信号の可視度を99.6%まで向上することに成功した。研究グループは,半導体量子コンピュータにおいて,量子誤り訂正などの高精度な測定に基づいた条件付きの量子操作を要する技術を可能にする成果だとしている。